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海野ごはん
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novelistID. 29750
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彼が残した風景

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「彼が残した風景」


 さよならバイバイとあっさり去って行ってしまった彼には年月の重みも感じないんだろう。
取り残された私は部屋の後片付けをしながら、彼との思い出の品が出てくるとつい手を止められずにいられなかった。
 2年前の夏旅行で買ったTシャツ、3周年記念にもらった動かなくなった時計、出会って初めて行ったコンサートのパンフレットどれもこれも、彼との思い出の宝物になると思って保管して置いてたのだけど、まさか捨てることになるとは思わなかった。
「ずっと一緒だよ」彼の優しい言葉がまだ耳に残っている。



 恋愛において約束が必ず守られるとは思わないが、私に限っては彼は永遠の「私の彼」だと思っていた。そんな予想だにしないショックから立ち直り、やっと私は彼と関係ある物を全て捨ててしまおうと思えるようになった。
写真もいらない。
プレゼントもいらない。
彼との接点がある物をすべてダンボール箱の中に落とし込んだ。
別れるまでは私の大事な宝物だったが、今は迷惑な雑多なガラクタだ。
一つ一つが思い出に彩られ私の心をざわつかせるが、もう要らない。
すべてのものを強制排除・・・そうしないと立ち直れそうでなかったからだ。

 ダンボールは資源の選別なんかせず、すまないけど全部ひっくるめて市内の焼却場へ持ち込んだ。
この手で始末したかった。
悪臭が放つ、大きな焼却場の燃えるゴミの巨大な穴の底に投げ捨てた。
心にチクリと来たがそれも無理やり強制終了にした。
すべてが終わったのだ。

そして次に私は、彼を記憶から消そうとした。
別れて以来、何度も何度も生活の中に突然現れてくる。
朝起きても、仕事中でも、寝ている夢の中まで彼はしつこくヒョイと出てくるのだ。
私の未練がそうさせてるのはわかっていた。
「時間薬が治してくれるよ」とよく失恋対象者相手にネットの相談室は文字を並べてるが、失恋したての私にはそんな薬なんか待てなかったのが事実だ。
若い時以来、久しく感じてなかった失恋の痛みが、こんなにも辛いものかと改めて感じたりした。


 そうこうするうちに半年が過ぎ、どうやらあながち嘘ではなかった時間薬が効いてきたようで、消そうとする努力も忘れ、毎日出現する彼の回数も減り、なんとか日常を普通に送れるようになってきた。

だけどやがて、全部の彼の記憶を消すのは無理なんだと気がついた。
出てきたら「あ~そうだったわね・・」だけで済ますようにした。
私はいつの間にか痛みを感じない方法を見つけたようだ。
人間は自分が都合良く生きるためには、どうにかして頭の中のスイッチも変えられるようだ。


作品名:彼が残した風景 作家名:海野ごはん