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かざぐるま

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「それは言いすぎでしょう。八重さんに問題があったのじゃないかしら。妻として夫を満足させられなかったのじゃない。淳を家にひきつける努力をどれだけしたの。美樹や一郎の面倒も見ないで自分の遊びごとに夢中になっていたでしょう。バイトだって勝手なこと言ってたけどね」
 香奈は長い間胸にしまっていた思いを吐き出すように一気に言うと、気が済んだように肩を下げた。
「お母さんのおっしゃりたいことはそれだけですか。淳と家庭をもてないこともよくわかりました。あれから淳は全く家に帰って来てないのですから子供は私が引き取ります。母親の私が言ってるのですからお母さんには引き止める権利は無いはずです」
 八重は冷静だった。子供を引き取るのは親権者である私だという意識があった。
 この日の二人の話し合いは物別れに終わったが、美樹が母と暮らすことを選択したので事態は一挙に解決に向かった。八重が、
「必ず子供を迎えに来ます」
 と言い残して帰った。
 香奈は気がおさまらずにイライラしていたが、美樹が学校から戻ってきたので、八重が来たことを話すと美樹は、
「私と一郎を迎えに来たのでしょう」
 と先手を打った。
 これには香奈が驚いたが、
「母とはケイタイで連絡しあってるの」だった。
 こう言ったときの美樹の表情には香奈をさげすむような色が浮かんでいた。香奈はそれを見逃していない。かわいかった美樹がどうしてこんなに変わってしまったのかと香奈はいぶかっていたが、その面前で美樹の痛烈な言葉が飛んだ。
「淳はお祖母ちゃんの希望通りに育ったわ。だから父さんになれなかったのよ。母さんやわたしたちを愛してなかった。自分の出世だけに生きている。だからあの人とは一緒に居りたくないの。あれから一度もこの家に戻ってこなかったのだからわたしたちを捨てたのよ。あの人の味方をするお祖母ちゃんも憎い」
 美樹は怒りをあらわにしている。香奈は何も言えなかった。父親の淳だけではなくて自分も非難されている。香奈は衝撃を受けたが怒りよりも悲しみが大きかった。美樹は自分の将来を考えて淳のもとに残るものとばかり思っていた香奈には、美樹の言葉は意外だった。
 それに祖母である自分を美樹が慕っていてくれると思い込んでいたのだがそうではなかった。それが香奈には悲しい。八重は憎くても孫は憎くない。それどころか、心の底からかわいがってきたのだ。その孫からこのように嫌われるとは思いもしなかったことだし、残念でならない。
 美樹が父親を「あの人」と呼んだのには冷たさを感じた。親子の間がここまで冷えているとは思いもよらなかった香奈は、美樹の思うようにさせてやるのが孫に対する愛情だろうと自分を納得させていた。
 美樹と一郎が八重に連れられてこの家を去ったのはその数日後である。猫のキャッシーも一郎に抱かれて去った。香奈は一人残された家で淳の帰りを待つか、この家を閉めて俊介の居るマンションに戻るか迷っていた。夫婦であるから戻るのが当然なのだが、夫婦の感情は希薄になっていたし、一人暮らしのほうがストレスを感じなくていいという思いもあって居続けている。
 それだけではなかった。香奈は八重の荷物をすべて八重の親元に送り届けるという行動に出たのだ。八重の持ち物は何一つ見たくないという激情がこみ上げてきたのは、淳と八重との不仲が会社に伝わって淳が北海道の支社に左遷されたと知ったからである。信用を重んじる会社としては家庭に問題のある社員を本社で重用することは出来ないという重役会の判断があったと聞いて香奈は崖から突き落とされたような衝撃を受けた。その衝撃が八重に対する憎しみに変わったのである。
 
                 八
 八重の実家で暮らす一郎は、八重の実母に懐いて、勉強にも励むようになっている。父親の淳がいないことに寂しさを感じている様子は見られなかった。もともと不在勝ちだった父親に対する感情が薄いからであろう。こちらへ移ってきてから八重が以前よりは一郎と二人で過ごす時間が増えている。ある日のこと、八重が一郎の勉強をみていると、
「母さんは再婚しないんか」
 と、一郎が尋ねた。これには八重がおどろいた。
「なんてませたこと言うのや。母さんは再婚などせんよ。一郎の父さんは一人でいいやろが」
「そんなら、何で一緒に暮らさんのや」
「家に帰ってこんもんあそこに居てもしょうがないやろが」
「この家にやったら来るんか」
「それは解らんが、きっと会う日が来るやろ」
「どうしてそう言えるんや」
「お父さんは一人では生きてゆけん人なんよ。何もかも無くなったら母さんのとこにもどってくるしかないでしょう」
「何もかもなくなるってどういうことなんや」
「会社も辞めさされ、付き合ってる女の人にも捨てられたらや」
「女の人って誰や」
「美樹姉ちゃんに聞けばわかるよ。母さんの口からは言いとない」
「母さんはその女の人を知ってるんと違うのか」
「余計なこと言わんと、一郎は勉強するんや」
 八重は、一郎が何か知っていると直感した。親の秘密を探るような目をしていたのだ。美樹から淳と自分の不仲の原因をいろいろと聞いているに違いないと思った。八重の昔の嫁入り道具が戻されてきたばかりである。八重は開き直っていた。姑の香奈から離縁状を突きつけられたようなもので夫・淳の意思は何一つ見えてなかった。淳からは連絡が無い。  
 この荷物が届いたとき、美樹が、その荷物の前に立って八重を見詰めながら言った。
「父さんはかわいそうな人や。何でもお祖母ちゃんに決められるんだから自分では何も出来んのや。そんな父さんに母さんは愛想を尽かしたのやろ。私の考えでは、お祖母ちゃんが死ねば、父さんは母さんのとこに戻ってくると思うわ」
 八重は美樹がそういったことも思い出していた。だが、美樹がその言葉の裏で思っていたことまでは気付いていない。
 美樹は、母の八重が夫の淳に心を残していると女の勘で見抜いていた。母にとって邪魔だったのは祖母の香奈だったのだと美樹は思っている。香奈がおせっかいを焼かなければ淳と母との仲はもっと親密なものになっていただろうと美樹は考えていた。
 淳をマザコンにしたのは香奈だし、夫婦愛を裂くように振舞ったのも香奈だ。淳はそのはけ口を外の女に求めたのだと美樹は想像している。そのために母はイラつき不満を高めていたと美樹はみていた。それがあのときの母の狂態に現われたのだと美樹は母の女心を覗いている。
 この気持を美樹が八重の実母・千代に洩らしたのは、千代から自分たちの将来について相談を受けたときだった。
「母さんのとこに父さんは戻ってくる。母さんは受け入れてあげると思う。私も一郎も一緒に暮すよ。だけどね、心配なのは父さんが俊介爺ちゃんのように無気力になることだよ。
香奈祖母ちゃんにすがり着くのじゃないかなあ。母さんはそれを覚悟しなければならんと思うの。母さんが香奈祖母ちゃんから父さんを引き離そうとすれば悶着が起きるからそれは止めたほうがいいと母さんに言うつもりよ。香奈祖母ちゃんは絶対、父さんを放さない、生き甲斐になってるんだから、香奈祖母ちゃんが亡くなるまで待つしかないのよ」
作品名:かざぐるま 作家名:佐武寛