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道化師 Part 4

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19


ここはどこだろう?一海達が出て行った後、兄がコーヒーを入れてくれ飲んだ記憶はあるが、その後の事がわからない。あのコーヒーに薬が入っていたのだろう。
「ヨシユキ、目が覚めたか?体は怠く無いかな?」
優しい眼差しで僕を見る兄は、ずっと小さい頃の記憶に残る兄だ。
「ここは?」
「別荘の地下室だよ、人の出入りが多くなるからここに移動したけどね。意外と不便だね。静かになったから上に上がろうか、動けるかい?」
何だろう、この不思議な優しい空気は?着いて行ってはいけないと頭の隅で警鐘がなるが体は差し出された手を取っている。
「大丈夫」
「寒い?震えている」
「大丈夫」
同じ言葉しか言わない僕にクスリと兄は笑った。
兄に支えられながらリビングのソファーに腰掛ける。
「ヨシユキ、もう私たちを引き離す者はいないよ」
僕にホットチョコを差し出した兄はどこか夢見るようで険しさが無い。
「兄さんありがとう」
「ヨシユキ、私はお前の事を愛しているんだ。誰にも取られたく無い、子供のようだと思うかもしれないが、君が私を愛していなくてもダメなんだよ、諦めるなんて出来ないんだ、許してくれ」
兄は何かとんでもない告白をする様な悲痛な表情で僕を眺め、
「ヨシユキが愛している草薙君をどうしても許せない、自分では抑えられないんだ」
「兄さん、ヒロに何かしたの?何をしたの?」
俯いた首を横に振り「何も」と言うが顔を上げない。
「私から一番大事な者を奪おうとするからいけないんだよ。だから、あの男からも奪おうと思ってね。私は、自分が壊れているってわかっている、だからってミユキを私から奪うのは許せない」
独り言の様に呟く兄は、ヒロから何を奪ったの?
「何を奪ったの?」
声が震える。
「心の拠り所の一つを壊した」
何?兄が言っているのは誰の事…龍也と一海の顔が浮かぶ。
「龍也に何をしたの?言って、何をしたんだぁ!」
僕は兄の襟首を掴み床に引き倒していた。
歪んだ笑みを見せ
「バイクに少し細工をしただけ、運が良ければ何も起こらぐらいのね。ヨシユキが眠っている時に連絡が来た。二人とも息を引き取ったと。私は、もう…」
僕は兄の首を絞めている。抑えられない気持ち、兄と同じ感情、僕から流れ出す汚れた涙は兄の顔を濡らす。
兄の手が僕の頬の涙を拭おうと伸ばされ、兄から飛び退き別荘を飛び出そうとした。でも、出来なかった。兄の悲痛な叫びが僕の体を拘束する。
「ヨシユキ、私を楽にしてほしい。もう、これ以上壊れてしまわないうちに」
兄が何を僕に望むのかを。
「兄さん、自分だけ楽になろうって、どこまで身勝手なんだ、お前のせいでどれだけの人が傷ついているかわからないのか!」
「わかっている、だが、止められない。お前を奪う者は誰一人許さない」
兄の血を吐き出すような叫び、僕に向ける歪んだ愛。僕にしか止められない。
僕は壁に飾られている綺麗な彫り物がされたナイフを一つ手に取り、兄の側に跪き抱きしめる。
「兄さん、そうだね、もう終わりにしようね、僕と一緒に」
兄の背中に心臓めがけ深くナイフを突き刺した。
兄の微かな「ありがとう」が切なく哀れだ。
そっと床に横たえた兄は眠る様に穏やかな顔をしている。僕も一緒に罪を償うからね、兄の背中に刺したナイフを引き抜き自分の胸に深く、迷いもなく打ち込む。
「兄さんごめん、僕と出逢わなければ良かったのにね。ヒロ許して」
二人の周りを真っ赤に染め、僕は闇に沈んでいく。



ヒロは、目が覚めぼんやりと辺りを見回す。見知らぬ駐車場、車の外、背中を向けタバコを燻らす男、あゝあれは安城さんだ。俺は何を…そうだ、ミユキを連れ戻さないと、そっと車から降り外に出る。目の前を通り過ぎようとしたタクシーを止め、別荘の場所を告げ向かう。
酷い顔の俺を訝しむ表情を見せる運転手だが、俺がサイフを出しお金はある旨を伝えると少しは安心したようだ。
窓の外の闇を見ていると冷静になってくる。亮と別荘に行ったがミユキはいなかった。だが、ミユキは俺を待っている筈なんだ、必ず行くと信じてると、それだけが今の俺を支えている。
運転手がつきましたよの声に我に返り、支払いを済ませ車を降りる。
別荘に明かりが見え、美幸がいると飛込んだリビング。
真っ赤な絨毯のような血の海に横たわるのは何?そんな事嘘だ、俺を置いて行ったりしない。
座り込みミユキを抱き起こし頬を撫ぜる。笑ってくれと何故だ、何故俺を一人にするんだ。俺も連れて行ってくれないのか、俺は必要じゃないのか、もうお前が俺を必要でないなら俺も何もいらない、全ていらない。
もう、何も…いらない…。




龍成に運転を任せ、俺はぼんやりと外を眺める。前方から一台のタクシーが俺たちの車の横を通り過ぎていった。
「亮、あのタクシーヒロが使ったのかもしれないな。少し急いだ方が良さそうだな。何だか胸騒ぎがする」
「あゝ俺もだ。何なんだ、このイライラと嫌な気分は。どんどん悪い方に転がっていると感じるのは、何も悪い事なんて起こらないと言い聞かせても、そんな自分が信じられない。龍成、頼む、何も起こらないと言ってくれ」
「亮…」
その言葉を言えないでいる龍成も亮と同じ不安を感じていた。
別荘に明かりが、ヒロなのか、ミユキ達もいるのか?
勢いよく車が止まり、飛びだし玄関のドアを開け放つ。
リビングの床、真っ赤な水溜りに座り込むヒロ、微かな声が聞こえる。
側まで駆け寄った俺の耳にヒロの悲しげな子守唄が聞こえる。腕の中で安らかに眠るミユキ、何故こんな…どうする事も出来ず、ただ呆然とヒロを見ていた。
後から駆け込んだ龍成は、こんな悲惨な終わりがあるのか、あの二人が何をした?何もしてない、ただ幸せを掴もうとしただけだ、二人で幸せになろうとしただけじゃないか。怒りに手が震える。外に出て携帯を鳴らす。直ぐに安城の声が聞こえ
「会長、ヒロさんは?」
「見つけた。少ししたら連れて帰るとサクヤに伝えてくれ」
「わかりました」
安城の電話を切り、今度は茂の番号を押す。ワンコールで「なんだ?」
と不機嫌な声が聞こえた。
「茂、別荘に来てくれ。ミユキと兄貴が自殺した。お前が到着する前にヒロをなんとか連れ出すから見逃してくれ。多分、ヒロからは何も聞き出せる状態じゃない」
「自殺だと?兄貴がミユキをなのか?」
「はっきりは言えないが、反対だと思う。ミユキの胸にナイフは刺さったままだったからな」
「ミユキが兄貴をか。くそっ!10分はかからないと思う、早くヒロを連れて行け」
「すまん、お前には無理ばかりさせて」
「気持ちが悪い事言うな」
怒鳴られ電話は切れた。
部屋に戻った龍成は、立ち尽くす亮に耳元で囁く。
「亮、しっかりしろ。茂に連絡したから、早くヒロをここから連れ出すぞ」
龍成の言葉にやっと体が動かすことができた。ヒロの側に行き
「ヒロ、ミユキは眠ったよ。そっと寝かせてあげよう。さぁ、ヒロも少し横になろうな」
俺の声が全く聞こえていないのだろうか、瞳さえ揺らがない。
腕の中のミユキを床に寝かせ、ヒロを立たせる。
作品名:道化師 Part 4 作家名:友紀