忘れじの夕映え 探偵奇談8
凍りついた思い出
九月がそろそろ終わろうとしている。いつしか朝夕にひんやりとした冷たさを感じるようになり、夏の記憶が嘘のように薄らいでいた。
(すっかり秋だなあ…)
季節が移ろい、それとともに少しずつ変化してきた身の回りのことを反芻しながら、瑞は教室から見える秋晴れの空に視線をやる。空が高い。窓から吹き込む風の心地よさと言ったら、六時間目の疲れ切った心と身体を弛緩させるには十分だ。秋の色に染まる山の木々の美しさに見惚れていると。
「ちょっと須丸くん、聞いてる?」
「えっ?」
「もー、だから体育祭の競技だってば。須丸くんどれにも手あげてないじゃない。委員長がほら」
隣の席の郁にこそこそ声をかけられ顔を戻すと、黒板の前で学級委員長が腕を組んで睨んでいる。
「あーえっと、なんでもいいよ俺。委員長、なんの競技残ってるの?」
「なんでもよくないわよ!あんた学祭なめてんの!?ちゃんと聞かんかい!」
「ご、ごめんなさい!!」
来月に学校祭を控えた校内には、いつもより浮ついた雰囲気が漂っている。学校祭は、二日間に渡って開催されるという。一日目はステージ発表やクラス展示を行い、二日目は体育祭だ。瑞にとっては、部活が学校生活の大部分を占めているから、クラスごとの色別対抗競技より、先輩たちから聞かされている部活対抗競技のほうが重要だった。
「一之瀬、部活対抗競技のこと聞いてる?」
「うん、先輩たちに聞いたよ。リレーなんだってね」
文化部、運動部入り乱れてのガチンコリレーが体育祭の目玉らしい。テニス部ならテニスラケット、陸上部ならハードル、珠算部ならソロバン…とバトンが決められていて、見ているぶんには大爆笑らしいが、伊吹が言うには各部活動のプライドをかけた半ば命がけの真剣勝負らしい。ちなみに弓道部は矢をバトンにして走るから若干有利だなと思う。
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白