忘れじの夕映え 探偵奇談8
忘れられていくたくさんのこと。いつか、こんな時間のことも忘れてしまうかもしれないけれど。
だけどこの旋律をどこかで聞けば、郁はきっと懐かしくなると思う。それがどうしてかは、もしかしたら思い出せないかもしれないけれど。
(忘れたくないな)
目を開けて、ピアノに向かう瑞を見つめる。
いつまで覚えてられるかな。いつまで覚えていてくれるかな。
ずっとずっと、好きでいられたらいいのにな。
そんなことを考えると、なんだか泣けて来てしまって、郁はこっそり鼻をすすった。
消え入るようにピアノの戦慄が消えていく。
「…ありがとう」
青葉は瑞らにそう言って、少し寂しそうに笑うのだった。
.
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白