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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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忘れじの夕映え 探偵奇談8

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一度きりの、今



あの日会ったことを郁は殆ど覚えていなくて、気が付いたら電車に揺られていた。
ことの顛末を聴いたのは、翌週の月曜日のことだった。

「一緒に大人になれなくても、二度と会えなくても、あっくんと出会ったからいまの自分があることに変わりないから」

青葉はそう言った。昼休みの音楽室。瑞、そして伊吹と郁は、青葉が語るのを聞いている。

「大事な思い出だから忘れない。もう戻らないのかって悲しむよりも、時々あっくんのこと思い出して、そんで、楽しかったなーって思えるほうが、あたしにはずっといいの」

青葉の表情はいつものように明るく、そしてほんのすこし優しい。郁は何度もうなずいて、その言葉に共感を示した。

「こんなことが弔いになるかはわかんないけど…。つーか須丸ってほんとにピアノ弾けるの?」

音楽室のグランドピアノに座る瑞が、心外だなと口を尖らせた。

「俺楽譜は読めんけど、聴いたことある曲なら弾けるぞ。昔ねーちゃんがピアノやってて時々教えてもらったんだ」

ふうん、と疑わし気な青葉の手には、ソプラノリコーダーが握られていた。
そんな二人を、郁は伊吹と一緒に見つめている。

「あいつピアノ似合わねえなー」
「そうですか?あたしは結構絵になってるなって思いますけど…」
(………恋は盲目)

あの日夕映えのススキ野原で聴いた、遠い過去から届いた曲を、あつしの弔いのために奏でる。

「じゃあ行くよ」
「ん」

瑞の少したどたどしい、ゆっくりとした前奏で、その曲は始まった。マイボニーのどこか懐かしい旋律。リコーダーの音が静かにピアノを追いかける。

(あつしくん、聴いてくれてるかな)

郁は目を閉じて、心を重ねた少年のことを思う。