忘れじの夕映え 探偵奇談8
郁は再びがっくりとうなだれ、意識を失ってしまった。
「聞こえる…」
青葉が呟く。瑞にも聞こえる。いつの間にかあたり一面夕焼けにそまり、どこからかリコーダーの音色が聴こえてくる。
「これ…あたしがあっくんに教えた曲だ…」
その調べは、優しくせつなく、稚拙でたどたどしかった。聴いたことのあるメロディだ。これは、確か。
「マイ・ボニー…?」
夕日がまもとに目に飛び込んでくる。目を眇めた一瞬に、瑞はいつかの思い出に入り込んでいた。
向こうの木の下。夕映えの中に座る、幼い青葉と、そして少年が見える。
――青葉ちゃん、僕のこと、忘れてね
あつしの静かな声が、風にのって届く。もう消えてしまった過去を、瑞は見ている。
――みんなの中から消えてしまえば…会えなくても寂しくないから…
少年の言葉に、瑞は胸がつぶれるようなせつなさを覚える。
彼がどんな心境でそう零したのかを、郁の言葉を通して知ってしまったから。
彼は自分を縛る運命を悟り、自ら宝物を手放そうとしているのだ。
その覚悟じみた強い悲しみが伝わったのか、青葉は何も聞き返そうとしなかった。
――ごめんね、青葉ちゃん
幼い青葉は、泣き出しそうな表情で、その言葉を聞いていたがやがて。
――あっくんがそうしてほしいって言うなら、忘れる
そう言った。
――だからあっくんも、あたしのことちゃんと忘れて
青葉は震える声で言った。
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白