忘れじの夕映え 探偵奇談8
突然、郁が草の上に倒れた。糸が切れるようにして。
「郁ちゃん!」
「一之瀬!」
がっくりとうなだれた郁を支える。彼女は瑞の腕をなんとか掴んで膝をついた。手が冷たい。
「大丈夫か?」
どうしたというのだろう。青葉とともに、瑞は郁の肩をゆすった。
「忘れ、られるのが、こわいの」
俯いて、髪に顔を隠したままの郁から、震える声が届く。囁くように小さな声。
「おぼえて、いて、ほしいの。ウソ、ついたの」
「…一之瀬?」
泣いている。突然のことに、青葉も言葉を失っているようだ。瑞は郁の顔に耳を近づけ、その震える声を受け止める。
「あたし、は、もう大人に、なれないから」
泣き声は続く。
「あたしには、あのひの、おもいでが、すべてだから」
その言葉は、郁の口を借りた、別の誰かの言葉。瑞がそう確信したのは、青葉が郁に向けてこうつぶやいたからだ。
「あっくん、なの…?」
あつし?
彼の思考が、郁に移った?
戸惑う瑞の手を握り、ゆっくりと顔をあげる郁。苦しそうな表情をし、泣いている。須丸くん、とか細い声が瑞を呼ぶ。
「しっかりしろ」
「…あたし、どうしよう須丸くん、悲しくて、寂しい…なんか変なの…」
憑依されているのかもしれない。
「大丈夫、」
瑞は自身が冷静さを失わないよう、努めて静かな声で郁に話しかけた。
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白