忘れじの夕映え 探偵奇談8
風と旋律
夢でまた会えることを期待しながら、だけど心のどこかでほんの少し怖いと思いながら、青葉は寝室の電気を落とした。部活の疲れがあるのに、眠気はなかなかやってこない。
(約束…)
あつしのことを、脳裏に思い浮かべる。言葉、仕草、笑った顔、浮かんでは消えていく記憶が、少しずつ擦り減って変容していくることを、青葉は自覚している。
人間は忘れ乍ら生きていくのだ。大切だった時間も、ひとも、経験も、それに出会った瞬間が一番輝きを放っている。思い出は美しいけれどせつない。もう二度と、同じ時間や感情は戻ってこないのだから。
小学校は本当に楽しかった。毎日笑っていたと思う。苦痛なことは何もなかったと思う。先生のことも友だちのことも好きだったし、自分はたぶんすごく幸せな子どもだったのだと思う。
高校生になったいまだってそれなりに楽しいけれど、現実というものを目の当たりにすることが多く、あのころよりは確実に生きづらくなっている。楽しければ笑って、理不尽には怒って。それができた子ども時代の、なんと幸福だったことか。
そんなことを考えているうちに、静かなに眠気が寄り添ってくる。四肢から力が抜けていく。
(約束…そう、そういえば…あっくん言ってたなあ)
覚えていたいな、青葉ちゃんのこと。
そのあと。何か。思い出せそうなのに、眠気に抗えない。
あのススキ野原で。二人きりの夕焼けの中で。
あのときにはもう、死んでいたかもしれないあつし。
なにを伝えたかったのだろう。なにを、青葉に託したのだろう。
あの場所に行けば思い出せるだろうか。
ふしぎなものを。消えた記憶を視ることのできる、瑞を伴っていけば。
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作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白