忘れじの夕映え 探偵奇談8
「…先輩、強くなったね。出会ったころは、先輩のほうが怖がってたのに」
瑞はひとしきり笑ってからそう言った。その通りだ。伊吹は、自分のなかに眠る得体のしれない瑞への罪悪感をずっと恐れていた。
「俺はもう怖くない。覚悟決めたからな」
全部が本当のことだとして。強い後悔を糧に生まれ変わりを繰り返すこの魂を救えるのがいまの自分しかいないのなら、その繰り返しを断ち切ってやりたい。そう思えるほどには、この後輩に対する情が深くなっているから。
「俺も」
瑞がそう呟くように言った。小さな声だが、決意を秘めた声だった。伊吹はそれに、ほんの少し勇気づけられる。
「ラーメン、替え玉していいですか?」
「いーよ」
「餃子もつけていいですか?」
「…ちょっとは遠慮せーよ」
「最近食欲やばくて。ラーメン食ったあと普通に家で飯食うし」
「それどうなの。太るぞ」
この日々を守るのに、必死なのだ。瑞も、自分も。
平凡で、退屈で、だけど喜びに満ちている、人生の一瞬でしかないこの日々を。
それはきっといつかの世で、二人が守れなかった平凡だから。
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作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白