忘れじの夕映え 探偵奇談8
「目―覚めたか」
「いってえ…ッ!」
「俺の話聞け」
「はい…」
ようやく落ち着いたらしく、瑞は大人しく頷いた。とりあえず、伊吹自身も落ち着こうと息を吐いた。
颯馬が何か知っているのか?
以前、呪い事件のときに、伊吹もまた瑞との関係について颯馬から言及された。あいつは何なのだ。ここまで瑞が揺さぶられているのはなぜだ。一体何を知っているのだろう。
「…もう一回行くか、沓薙山に」
「え?」
あそこに行けば、また新しいことがわかるかもしれない。逆さ地蔵に天狗に童子…瑞を監視する神様たちならば、何かを提示してくれるかもしれない。
いつか知る時、というのが、もしかして近づいているのかもしれないのなら。
伊吹の意図をくみ取ったのだろう。瑞はしばらく茫然としていたが、やがて強いまなざしを取り戻して頷いた。
「瀬戸さんの件が片付いて…落ち着いたら、行こう」
「……はい」
沈黙が落ちた。もう戻れない。それでも、もうそれでいい。戻れないなら止まるか進むかしかないのだ。だけどこいつは、止まることももう怖いのだ。だったらもう、突っ走ってしまえばいいのだ。決して投げやりになっているのではなく、それがもういま自分たちにできる最善なのだ。
「はい話はおしまいッ!帰るぞ。ラーメン奢ってやるから」
緊迫した雰囲気を壊すために、伊吹は手を叩いた。瑞は大きな声に驚いたのかびくっと身体を震わせたのち、自分の驚き具合がおかしかったのか笑い出した。
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白