忘れじの夕映え 探偵奇談8
「ちゃんと本当のことがわかったほうがいいって、おまえはそう思ったんだろ?初恋の思い出は特別だから大事にしてほしいって」
「……」
「そんならそれでいいと思うよ」
ようやく瑞が顔を上げて伊吹を見た。相手はきっと驚いたのだろうけど、ぶたれたのはかわいそうだなと同情する。
「元気出せ」
「…はい、先輩」
ようやく笑った。調子が戻ったようで安心する。
「俺も先輩と、約束してたはずなんだよね」
「え?」
「俺は、まだ思い出せない」
それは、いまではないいつかでの話を言うのだろう。
「…思い出せる日が来る。いまはまだ、その時じゃないだけだ」
颯馬に、そんなことを言われたのを覚えている。無意識に、伊吹はそう口にしていた。自分の中に別の自分がいて、そいつが勝手に話したような感覚。それにももう、慣れてきた。意識できない深い深いところで、伊吹はかつて瑞に会っている。それはもう、否定できない事実なのだとわかる。
「うん、そうだね」
瑞は、それだけ言った。今はその言葉だけで満足だと、そう思っているのかもしれない。穏やかな声だった。
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作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白