忘れじの夕映え 探偵奇談8
瑞に呼ばれ、青葉はその背中についていく。このちょっと毛色の変わった転校生は、普段こそ普通の男子高生なのだが、時折不思議と大人びた表情を見せることを知っている。ちょうど今のように。
「なに、須丸」
「うん」
ひとけのない廊下の端で、瑞は青葉に向き直った。
「気を悪くしないで、聞いてくれ」
「…?なに?」
「さっきの話の、あっくんのことなんだけど」
さっきの話?
「本当は何も言うまいと思ってたんだけど…おまえそのあっくんが初恋だって言うからよ」
「だから、なに?」
「あっくんは、ちゃんといたよ。瀬戸の妄想じゃなくて」
瑞の雰囲気が一変する。遠くを見つめるような瞳が細められ、その声は囁くように小さいのに、全身をこわばらせるような力があるようだった。
「でもね、もう瀬戸にしか思い出せないんだ」
魅入られたように、瑞の瞳から目を逸らせない。なぜ、瑞にわかるのだろう。まるで彼は、あっくんを知っているような口ぶりだった。
「瀬戸は、あっくんと何か約束をしなかった?」
「や、くそく?」
「きっとしてる。だから瀬戸だけが、彼を覚えてるんだ」
何を言うのだろう。彼の話はまったく要領を得ない。それなのに、瑞が嘘をついているともからかっているとも思えない。どう反応すればよいのだろう。戸惑う。
「…ごめん変なこと言って。俺、わりと昔から、変なもんみたり変なもん聞いたりする子どもで、それで」
それで、と一瞬言い淀んでから瑞は言った。
「瀬戸たちが出会ったとき、あっくんはもう、生きてなかったんだと思うんだ」
全身が硬直する。しかし次の瞬間、自分で意識する間もなくばねのように伸びた右手で、青葉は瑞の頬を張っていた。乾いた音も手のひらの痛みも知覚できない。
「何言ってんの…あんた…」
あっくんが生きてなかった?どういうつもりで、この男はそんなことを言うのだろう。初恋だと言ったのは嘘ではない。その気持ちを、弄ぼうというのか?
打たれた頬をそのままに、それでも瑞はなお申し訳なさそうに続ける。
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白