忘れじの夕映え 探偵奇談8
「今思えば、あれ初恋だったと思う。あたしの」
青葉がそんなことを言うから、郁はちょっとキュンとしてしまった。懐かしそうに話す彼女の目が、いつになく穏やかだったから。おおよそ恋バナとは無縁な印象だった青葉に対し、一気に親近感を覚える。
「瀬戸にもそんなかわいい時期があったんか」
「うるさいよ須丸」
「てっ」
茶々を入れた瑞の頭を、青葉はペン入れではたく。
「でもそれ、別に怖い話じゃなくね?」
村上くんに言われ、続きがあると青葉は言った。
「あっくんは、その秋の終わりにいなくなったんだ。ある日急に遊びにこなくなって、それきり会えなかった」
「町に帰っちゃったの?」
「だと思う。あたしらあっくんの家も知らなくて、なんでおばあちゃんちにいたのかも知らなくて、だから急にいなくなっちゃったけど、しょうがないかって諦めちゃったんだよね」
寂しかったと青葉は続ける。たったひと月弱のことだったらしいが、あつしと過ごした時間は本当に楽しかったと。
「それで今年の夏、久しぶりに小学校の同窓会があって」
青葉は中学にあがる前に転校したので、小学校の友だちとはずいぶんしばらくぶりだったそうだ。
「そこで懐かしい思い出話してるとき、あたしあっくんのこと思い出したんだよね。でも、誰もあっくんのこと覚えてないんだよ」
なんだそりゃ、と村上くん口をはさんだ。
「確かにあっくんと過ごしたのは、小学校生活の中のほんの一瞬だけだったけど、あんなに仲良くなったのに、忘れるなんておかしくない?でも、だーれも覚えてないの。そんなコ、知らないって」
作品名:忘れじの夕映え 探偵奇談8 作家名:ひなた眞白