白と黒の天使 Part 2
愁が悪い訳じゃないのに、自分勝手な事をしたのは僕なのに、愁は僕を責めない。
「兄さん、怒ってよ…僕が悪いんだから…我儘なのは僕だよ、そんなに優しくされたら僕は……」
愁への思いがドンドン増えて溢れてしまいそうで唇を噛み、愁の胸に顔を埋め耐える。
優しく抱き締めた腕は優しく背中を摩り、穏やかな声は僕を安堵させるが、もっとずっと甘えしがみ付き、好きだと言ってしまいそうで、自分で自分の気持ちが抑えられなりそうで怖くなる。
「ごめんなさい」
小さく呟いた言葉で愁の胸を手で押しこの思いを振り切る。
離れた僕の涙の流れる頬をなぞる指の感触に甘い吐息が溢れそうになり、顔を背け歯を噛み締める。
「そろそろ腹の虫が鳴りそうや、飯にしていいか?」
僕たちの緊張した空気を断ち切る様に光一さんのため息交じりの声に僕は、少し笑みを浮かべることが出来た。
「僕もお腹空いてきたかも。勝美さん、ご馳走になっていいですか?」
涙の残る笑みに勝美さんも好きなの頼んでいいと笑顔で言ってくれる。
「愁、お前も飯まだやろ、一緒に食べていけ」
「はい、そうさせてもらいます。勝美さん、俺の分は払いますから安心してください」
愁も少し笑みを乗せメニューを手に取る。
愁は勝美さんとも知り合い?疑問を躊躇いながらも言葉に出す。
「兄さんと光一さんも勝美さんも知り合いなんですか?」
光一さんに向けた質問に愁が答えてくれる。
「二人とも、こんな感じだけど優秀なカメラマンだよ」
「ちよっと待て、こんな感じってなんやね、優秀なだけでええやんか」
勝美さんまでそうだと文句を言っているのを見ながら、僕は嘘みたいほんとにカメラマンなの?とポカンと眺めていた。
「友紀、俺の部屋にある写真集見たことないか?」
後ろの席から広海が乗り出し話に加わる。
「写真集?建築のと風景の写真集は見たことあるけど、凄く綺麗でずっと見ていたくなる、あれ?」
僕が夢見る様なウットリと語ると、何故か光一さんが頬を薄っすら赤らめた。
エッと思って愁を見ると珍しく冷やかす様なニヤニヤした笑みを浮かべる愁が
「それ、光一さんの写真集」
と言ったから、僕は嘘ぉぉぉとびっくり。
あの綺麗な写真をこのホストのようなチャラい系二枚目が……そんな心の声が聞こえたのか光一さんは苦笑いを浮かべてる。
「俺が撮ってたら可笑しいんか?」
と少し拗ねてる姿は可愛い。
「勝美さんは映像のカメラマン、ヤクザみたいな風貌なのに、意外と繊細なカメラワークなんだぜ」
またしても広海がびっくりな情報を投げかける。
「ヤクザじゃないで、広海は相変わらずやな、周、もっと躾けとけ!」
了解と軽く手が上がる。
広海と周の関係を知っているという感じにも驚いた?
「なんやね、二人の関係やったら知ってるで、勝美も俺のワイフやしな」
何がワイフやねんと勝美さんが突っ込みを入れている。
僕は、頭の中が爆発しそうだ。さっきまでの暗い気持ちが少しも残っていない事に自分でも驚いている。
光一さんが言ってくれた言葉が頭に浮かんでくる、下を向いていたら駄目なんだと、自分の進むべき道を見つけなきゃ、僕の周りはこんなにも温かなんだろう。
何度でも落ち込み悩み、それでも見守ってくれる人たち、僕はこの幸せを改めて実感している。ほんとに僕は幸せになってもいいんだと。
食事をしている間、愁と光一さんの話を色々してくれた。
愁達のモデルの仕事の事、初めてモデルをした時のカメラマンが光一さんだった事。
「愁はあまり変わらんなぁ、初めから愛想の欠片もない仏頂面やったしな」
「友紀以外に優しい顔なんて見せる必要ないでしょう」
さも当然だという顔で言う愁に僕は驚いた。僕の記憶にある愁はいつも優しく微笑んでいるから。
帰り際、光一さんにアドレスを教えて貰い、「にいちゃんに言えない悩みいつでも聞いてやる」と肩を抱かれそっと言われた。
愁に言えない事なんて……ある……愁への思い……。
大人の光一さんなら、ちゃんと叱ってくれるだろうか?僕の背中を押してくれるだろうか?強くなれと、守られるばかりでなく守りたいと思う気持ちを笑わないでいてくれるだろうか?
最寄りの駅に着くと、逃げ出した自分なのにホッとしている。隣に愁や皆んなが深く追求する事もせず、変わらず側にいてくれる事に、嬉しく感じる。だからこそ、僕は、強くならないといけないと、自分で出来る所まで頑張ろうと思う。
「ありがとう、ごめんなさい」
「気にするな」と同級生の広海や咲良にまで頭を撫ぜられ、子供扱いされ少し膨れてみるが、嬉しい。
周には「家出するには早い」と髪をクシャクシャにされ、逃げようとする僕を腕に抱き締めるが、直ぐに離れる。
頭の上で聞こえた溜息は、安堵の溜息。
愁と二人並び歩く夜道。そっと繋がれた手。無言で僕を見てくれないのは怒ってるという事、それでも、繋いだ手は、暖かく大きく優しい。
今は、この手が無いと不安を感じる時が多いけど、いつかきっと繋いだ手を引き導いて貰わなくても隣に肩を並べ歩ける日が来るはず。
忘れられない記憶に俯き心の隅に押し込むのでなく、こんな僕自身を認めよう。こんな僕を嫌いにならずいてくれる人たちに笑顔でいられるように。
この眼の色が不快なら隠そう、隠したから僕が変わるわけじゃない 。それで周りの人が安心するなら、それでいい。
ゴミのように簡単に捨てられた事を悲しむより、愁が拾い上げてくれた事を喜ぼう。
教室で浴びせられた言葉は、悲しかった、でも、その言葉を吐き出したあの子も辛そうだった。
あんな事をしたくて言いたくて言ったんじゃない、僕が言わせてしまったんだ。謝ろう、そして、僕はもっとしっかりと自立しなきゃ。
〔愁、ありがとう。強くなるからね〕
真っ直ぐ前を向く凛々しい僕の想い人を見上げ誓う。
僕達は無事に高校に進級、愁たちも学部は違えど同じ大学に入学。
何事も無く平穏な毎日の中、僕は少し愁に近づけたと思いたい。
心残りなのは逃げ出した原因を作った下級生を僕は見つけることができなかった事。
謝りたかったのに。
自分のことで頭がパンク状態だった僕はその下級生の顔が思い出せず、もちろん名前なんか名乗ってなかったし、記憶に残っていたのは赤いネクタイということだけ。
赤のネクタイを頼りに下級生の教室にも顔を出したが、無理だった。ほんとに、僕って情けない。
この学校にいるなら高校卒業するまでに会えるかもしれない。
まずは、僕自身がしっかりと地に足をつけて歩いて行かなきゃ。
光一さんに連絡をしてみようと思って何度も携帯を見つめては、溜息をついてを繰り返していたけど、光一さんの言葉が僕に勇気をくれたから、ちゃんとお礼も言ってないからなんて、気弱な僕が顔を出すけど改めて会うことができた。
忙しいだろうにカラーコンタクトにしたいと言えば、僕に付き合ってくれたり、一般助けてもらった。
勝美さんは僕の目は嫌いなんじゃなくあまりにも綺麗だから、その瞳は強すぎるんだと言って慰めてくれたけど。僕はやっぱり母が大嫌いだと言ったこの瞳の色は嫌いだ。
作品名:白と黒の天使 Part 2 作家名:友紀