子供でもいいかもしれない
憧れと畏怖
今日も、いつもと変わりない町だ。気だるげに通りを眺めてる俺に声をかけてくる女。その横から顔見知りの男が、軽く手を上げ俺を呼ぶ。
女の視線を無視するように男は、俺の腰に腕を回し歩き出す。仲の良い友達のようにさりげなく俺に話しかけながら。
ホテルの前で俺は腕を不意に掴かまれ、振り向くとそこには朔也さんの鋭く厳しい視線とかち合う。
相手の男に朔也さんは、何か言ってる。逃げ出したい。でも、腕は捕らえられたままだ。
町を補導された子供のように引きずられるように連れて行かれる俺。大通りでタクシーに乗せられたが、どちらもが口を開かない。窓の向こうを通り過ぎていく灯りだけが、俺の脳裏を過ぎていく。
かなり走ったと思う。タクシーから降りて、俺はまた腕を取られ、ネオン街を歩いていた。
「朔也さん、腕放してください。もう、逃げたりしないですから」
朔也さんは、そんな俺に一瞥をくれただけで、何も言わず腕を取ったまま歩いていく。
「いい加減にしてください。俺は、腕を取られながら歩かなければいけないほど、子供じゃないです」
何の答えも返ってこない。従うしかないみたいだと、一時の動揺が冷めると、また、俺からは感情が消えていく。
細い路地を曲がった先にアンティークな店があった。朔也さんは、その店のドアを開け、俺を先に入るように促し、自分もその後に続いて入った。
その店は、小さなステージ、カウンター、テーブル席とちょっと変わった感じの店だった。
「朔也、どうした?そのガキはなんだ?」
不意にかけられた低い渋い男の声の方に俺は顔を向け、その声の主を捕らえる。
俺の目に映ったのは、朔也さんより、少し年上だろう。顔はモテル部類に入るだろうな。だが、朔也さんみたいな穏やかな感じじゃない。どちらかというとワイルドな癖のある感じだ。
「木島さん、すみませんがお願いしたいことがあります」
「そのガキのことか?」
朔也さんは、そんな物言いの木島という男に微笑みながら
「相変わらず口が悪いですね」
「ふん!余計なお世話だ!その坊やはなんだ?」
「龍也の親友の弘樹くん。木島さんところで働かせてもらえないだろうか?」
木島という男は、俺を値踏みするように眺める。俺はそんな男をただ同じように眺めた。目の前に来た男に、久しく感じた事がなかった見下ろされる威圧感を感じた。いや、背が高い低いの問題じゃない、修羅場を潜り抜けてきた威圧感だ。
「働くつもりなら、一人の大人として扱うし、甘えは許さない」
顎に手を沿え顔を上げさせられた俺は、怖いと感じると同時に憧れを抱いた。
「明日から来るか?」
顎に手を沿え、指は俺の唇をなぞりながら、俺に聞いてくる。
俺のことをからかう様な仕草も落ち着いた耳に心地よい声も、全てが憧れるとともに悔しさがこみ上げてくるが、表情に出さず、顎から手を払いのけ
「何時に来ればいい?」
「なかなか、冷めたお子様だ。働かせてもらうのに、お願いしますの言葉もないのか?ん?」
俺は、その言葉にホンの少し目をすがめ、
「ここで働かせてください。宜しくお願いします。」
腰を折って頭を下げると
「無表情なやつだと思ったが、多少は感情があるんだな。仕込み甲斐がありそうだな。まあ、いいだろう。明日、5時ごろでいいよ。それと、学校から直接はこないようにしてくれ。一度、家に帰って着がえてからこい!絶対、制服では来るなよ!いいな!」
「はい。わかりました。」
ずっと、俺達のことを側で見守っていた朔也さんは、話しが終わったのを見て
「じゃ、僕はこの辺で。まだ、仕事の途中なんでね。弘樹君、君はもう少しここで仕事を習うといいよ。木島さん、いいですよね?それと、ちょっと木島さん、お話が。」
「ああ、俺はかまわない」
木島さんの了解を聞いて、朔也さんはコートを手に店の入り口に促すように木島を呼び、何やら内緒話をした後、帰って行った。
一人残された俺は、どうすればいいのか解らず、木島という男を見た。
「どうする?」
「する事がないなら、帰ってもいいですか?」
「帰る?違うだろ?また、男でも誘いに行くのか?」
「何故?ああ・・・朔也さんから聞いたって事か。ふん、あなたには関係ないことだと思うが。」
「まあな、お前がこの後、男とホテルに行こうが関係ないっちゃ~関係ないことだな。だがな、知らない男を誘うのは辞めろ。いつか、とばっちりをくうことになるぞ」
「それって、病気とか?」
それもあるだろうが、たちの悪いお遊びを好むやつ等もいるってことだ」
「今日は、家に帰る。それでいいんだろ?」
「お前がそうしたいのなら、帰りな」
俺は、木島に軽く頭を下げ、店を後にした。
不思議とまた男を誘いに行く気がなくなっていた。ネオン街を抜け俺は家への帰途についた。
作品名:子供でもいいかもしれない 作家名:友紀