電車の彼女を車で追いかけて
発車して動く車内を歩きまわる彼女はファインダー越しに、絵になるものを探す。
ガタンと揺れた拍子によろけそうになった彼女を僕は支えた。
やわらかな腕の感触が僕の手に残る。
この感触は昨晩、彼女を抱いた時と同じ感触だ。彼女の喘ぐ姿が僕の脳裏にフラッシュバックする。
夜の大人の顔と昼間の少女のような顔のギャップに僕は少しドキドキした。
「あら、もう到着よ」
車内アナウンスは最終駅到着のお知らせと、次の出発時間を案内している。
「早かったね。いいの写せた?」
「もちろんよ、あなたは?」
「僕は君の専属カメラマンだから、いつでもいいのを写せる」
彼女は小さく笑いながら、ドアの出口に立つ車掌に運賃の小銭を渡した。
到着駅には、この猫電車に乗ろうとする観光客が列をなしていた。
もう一度乗って帰ろうとしたが、あまりの人の多さと駅のいい雰囲気を見て、時間をここで使うことにした。
「そこに立って」
彼女の言葉に促され、先頭車両の前に立った。思いっきり猫の顔の電車だ。何か恥ずかしい。
入れ替わり立ち替わり、そこにいた観光客が同じように先頭車輌をバックに撮影していた。
「すごい人気だね」
「だって、かわいいもの」
それから僕たちは駅舎を写し、猫の駅長にお目にかかり、観光客の外国人が溢れる構内を歩いて回った。
「外人にも人気なんだ、こんな田舎の駅が」
「テレビで紹介されたからじゃないの」
「猫の人気が世界的なのかもね」
「あら、これかわいい」彼女はおみやげグッズの中からクッキーの缶を見つけた。
ネコ駅長のイラストが確かに可愛い。
「買ってく?」
「いや、いらない」そう言うと彼女は持っているカメラで写しだした。
「私は荷物になるおみやげは全部ここに入れちゃうの」そう言って彼女はカメラを指さした。
なるほど、中味はあらかた分かる。記念になるものは全部写真か・・。
彼女らしい。
きっと僕のことも全部カメラの中のデータに収まってるのかもしれない。
そういや昨晩、裸の僕を撮影してたな・・・僕は苦笑いしながら思い出した。
次の電車は猫電車でなく、特別企画電車だった。見た目は普通だが、車内に絵手紙がびっしり展示してある。ここもアイデアが満載されていた。こんな楽しい電車はお目にかかれない。一駅だけの乗車だけどずっと乗っていたい気がした。
そして、電車は僕達が乗った無人駅に到着すると、僕達以外を全員乗せて出発していった。
夏の風が吹き抜けるシンプルな駅のホームで、僕達はこれからどうするか話し合った。
「このまま帰るのもつまらないね」
「猫電車、もっと撮りたかったわ」
駅の駐車場には一台だけ僕らの車が止まっている。駐車場も無料で停めれる本当にのどかな場所だ。
ガタンゴトンと音を出して出発した電車の後には、どこからか聞こえてくる蝉の声だけだった。
「そうだ、君が電車に乗って手を振るとこを、僕が走る車の中から撮影するというのはどうだろう?」
「あなたが車で、私が電車?」
「そう、別々のところからお互いを写そうよ」
「それって、面白いわね」
「だろ?」
「そんなこと出来るの?」
「ああ、この線路に平行して県道が走ってるんだ」僕はそう説明すると携帯の地図を開いて見せた。
「ほら、ここんとこ」
直線距離にして300mぐらい線路と車道が平行して走っている場所を教えた。
「出来るの?」
「ああ、出来るさ。一発勝負だけれど。ビデオなら撮れるさ」
「やれるかしら?」
「やれるさ」
「なんだか楽しいわ」
「だろ?楽しいほうがいいしね。じゃ、さっそく時刻を調べないとな」
僕はネットから電鉄の時刻表を引き出し検討を始めた。
「この駅から君が乗って、僕は車で君が来るのを待機してるから」
「どこで?」
「まあ、行ってみればわかるさ。田舎道だからなんとかなるよ。もうすぐ到着するな。行こう!」
僕達は駐車場に停めた車に乗り込み、計画の駅に向かって走りだした。
作品名:電車の彼女を車で追いかけて 作家名:海野ごはん