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海野ごはん
海野ごはん
novelistID. 29750
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電車の彼女を車で追いかけて

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目的の乗車駅はすぐそこで、そこも無人駅だった。
夏の風が遠慮なくホームを吹き抜けていた。
「じゃ、計画通りに」
「待って、不安だわ」
「大丈夫、僕を窓から見つけて写すだけだからやれるよ」
「じゃ、私、先頭の車両のドアのそばに立っているね」
「ああ、わかった。僕もがんばるよ」
「なんだかドキドキするわ」
「やり直しは効かないからな」
「やだっ、そんなこと言わないで!」
「大丈夫だよ、ただの遊びだから気楽にな」
僕は彼女を駅に残し、線路と県道が平行に走る場所へと車を走らせた。
うまい具合に道路脇に車を一台停めれるスペースを見つけ、彼女が乗って来るであろう猫電車を待つことにした。ビデオカメラの準備はOKだ。僕も心なしか緊張している。
ただののんびりとした電車の撮影会が、緊張したものに変わる。
こんなとっさに思いつく遊びが面白い。
僕と彼女の真剣勝負が始まった。

電車が来るのがバックミラー越しに見えた。
「来たっ!」
車のシフトをPからDに変える。後続車はいない。僕は電車のスピードに合わせるようにアクセルを踏んだ。片手にカメラ、片手にハンドルだ。否応なく緊張感が走る。
電車の方がスピードがあるようだ。先に出た僕を追い越そうとしてゆく。
ガタンゴトンと電車特有の線路を踏みつぶす音が聞こえてくる。
「来たっ!来たっ!」子供のようにはしゃぐ僕がいた。
僕は前方を見ながら車を運転し、横にカメラのデジタル画面を見ながら猫電車がフレームに収まるように苦労する。
彼女だ!
約束通り、先頭車輌から僕にカメラを向ける彼女を発見した。
だが、電車は無情にも凄いスピードで追い越してゆく。
「あっ、あっ」
ビデオにしてたが、ちゃんと彼女は写ったのだろうか。
一発勝負、やり直しは効かないからなと僕から言っておいたのに、僕は成功したんだろうか・・不安がよぎる。案外、難しいものだ。

次の駅で降りる彼女を迎えに僕は県道を走らせた。そして、小さな道を幾つか曲がり、彼女の駅に到着した。電車はすでに次の駅に向かい出発していた。ホームから歩いてくる彼女が見えた。
「どうだった?」僕は彼女に声をかけた。
「緊張した~」彼女の一声はこうだった。だけど笑顔が見える。
僕はその瞬間をカメラに収めた。彼女の屈託ない笑顔。それが僕にとって一番の被写体だ。
彼女は車の助手席に乗り込んでくると「あ~、面白かった」と言った。
それを聞いて僕は喜ぶ。やっぱり僕は彼女を好きなんだな・・・。
それから僕は僕が写したビデオを初めて確認した。
「ほら、写ってる、あっここ」
ほんの3秒ほどのカットだが先頭車輌のドアそばで写す彼女が確認できた。
「そっちは?」
「どうかな~、写してたけど緊張して・・・大丈夫かな~」
僕はその彼女の情けない顔に笑いながら、二人してこうやって遊んだことに満足した。
写っても写ってなくても、二人で初めてのことをするのが楽しい。
僕は彼女の頭を撫でていた。
夏空と無人駅と田んぼ・・・。僕達の夏休みの時間が静かに流れていた。

                             (完)