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二人の禅師

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 「山で迷ったときは、もと来た道に戻れと言います。これから先には行かぬほうがい
 いです。照子さん、お姉さんご夫婦の御霊を呼び寄せましょうか。お二人が来られれ
 ば、逸子さんは必ず来ます。震災で無念の死を遂げられたお二人があとに残したわが
 子との再会を待ち焦がれていらっしゃる」                     
と、天真は逸子の実母・彩芽の霊を呼び出すことにしたが、照子はそのような霊的次
元の事に興味がなくて、自責の念に苦しんでいた。 
「今思い出しても心が震えます。震災記念日には欠かさずに記念碑に参拝しているの
ですが、逸子のことはわが子のように思っていたので姉夫婦に合わせてあげることま
では考えが至らなかったのです。私は、逸子が実子だと思い込んでいました。姉から
逸子を奪い取ったのも同然だったのですね」            
 照子は、悔し涙を浮かべながら話を続けた。                       
「同じ女性として、姉のことをもっと考えてあげるべきだった。逸子は、姉の子として、
育てるべきだったのですね。なまじ、自分の戸籍に入れてしまったので、姉が残念に思
っているのでしょうか。怒っているのかもしれないですね」            
 照子は、がっくりと肩を落とした。それを見かねた摩耶が、
「良かれと思ってしていたことが、仇になったというのでは照子さんがかわいそうじゃ
ありませんか」
と、天真の同意を求めた。この日、逸子は姿を現さなかった。逸子は、望遠鏡でのぞき
見した中に実母はいないのを確認したからである。天真が照子を連れて来たのは誤りで
あった。
 
「その後、逸子と出会ったか」
 天空和尚が、目の前の天真に問いかけた。
「先に話をしたときの事件以来、ぷっつり途絶えていたが、昨夜,いつもの山で出会っ
たら相変わらず眷属を連れていた。一人では寂しいのであろう。妙見山でたむろしていた。
それで、無動寺に戻れといった。住職の和尚が、これからの生き方を教えてくれるとな」
 「俺にふったのだな、こいつ。天空和尚はそれほど心広くはないぞ」
「人には見えぬ心の飢餓を救うのが和尚の仕事であろう」
「お前は何をしておるのか」
「道案内じゃよ。心の道筋をつけてやるのだ。」
 二人だけの遠慮のいらない問答に耽ったのちに早朝の朝陽が差し込む寺の庭に揃って
立った。
「こうして二人で朝陽を遥拝するのも久しぶりだ」
 天真はすがすがしい思いのようであった。
「厄介者を連れ込んでおいて、いいきなものだ」
 天空和尚は静かな面もちで笑っていた。
「俺が逸子をお前の寺に連れ込んだのじゃない。お前がかくまったのだ。あの子の両親の墓が無動寺にあるからじゃなかったのか」
 天真は、逸子の身元引受人になったのは天空和尚じゃないかと詰め寄っていた。
「俺の言っているのは、今回のことだ。ほっておけば、あの子はここに戻ってこなかったはずだよ」
 天空和尚は、逸子が、この無動寺から出て往く積もりだったのだということを強調した。
 「どうしてそう言えるのだ」
 天真は、突然そう言われても、理解できないという面持ちであった。
 「天真よ、お前にはわかっている筈じゃないのか。あの娘はお前の精神活動から発するパワーを浴びて成長したのだ。お前は、親にも勝る愛情をあの娘に注いでやった。そのおかげで、悪しきつきものが落ちたのだ。あの娘には、地震の際の劫火の中で悶え苦しんだ幾多の魂が憑依していたのであろう。その苦しみと悶えが,そのままあの娘を操ることになった。同じ震災孤児があの娘を慕って寄り添うようになった。彼らもまた劫火に遭った際の魂のうめきを自分たちの心のなかに持ち込んでいたのだ。私はそれを払うために深夜の勤行を欠かさなかった。彼らはようやく死の淵から抜け出ようとしている。お前が、手を添えてやってくれれば、この悪霊界からの離脱が早まるであろうよ。あの娘も、両親の死霊から解き放たれて、養母のもとに移るだろう。その道筋をつけて来たのが、天真よ、お前だったのではないのか」
天空和尚は、話し終わると印を結んだ。
照子と逸子は天空和尚の計らいで無動寺で暮らすことになった。寺に寄宿している震災孤児を育てる仕事が和尚から委託された。
「休耕したままの田畑を掘り返して生き返らせてほしい。子供たちにもその喜びを分かち与えてください」
  照子は、和尚のこの言葉に感銘した。
「またとないありがたいことです。遠ざかっていたこと、忘れ去っていたことに気付かせてもらいました。お寺の清掃も私たちでやりましょう。墓地の仕事も逸子に手伝わせてください」
  照子は生き甲斐を発見したようであった。
「お母さんは、ハッスルしている。そんな姿を観たことがない。ガキたちの世話もよろしくお願いします」
  逸子が照子をお母さんと呼んだ。それを聞いて照子が感激した。一瞬、涙が出た。この時居合わせた和尚も驚いた。逸子に近寄った和尚が、逸子を抱きかかえた。逸子は和尚の背中に両腕をまわして抱き着いていた。次の瞬間、逸子は照子に縋りついて泣いた。大きな声を上げて泣いた。嬉し涙がこぼれていた。
   天真もこの寺に移り住むが良いのではと、逸子が問いかけた。すると、     
  「施設は徘徊老人の隠れ家で居所証明になっている。私のように日夜徘徊する老人 
  の世話は御免だと摩耶婆が、俺を施設に送り出した。私もそれで満足している。私
の徘徊は認知症のためだとは思っていないが、世間ではそうなっている」   
  と、天真老人は複雑な笑いを浮かべた。                   
  「天真の徘徊は人間が崩壊する姿を晒している。彼の存在そのものが教訓であると
  思って欲しい。認知症にめげない、悲しまない、あるがままの自分を敬虔に受け止
  めて居る。彼の遠慮のない言動こそ神仏の意思の体現であると思って欲しい」       
   天空和尚は、この場のけじめを、告げるように話した。照子も逸子も、    
「そういうことなんですか」                        
  と、全く予想もしていなかったことを教えられた思いであった。二人は深く納得し
た表情を浮かべて、天空和尚の話に聞き入っていた。
「解って戴ければありがたい。これからも天真と私は皆さんに寄り添って参りまし
ょう」
  と、天空和尚は、大きな体の大きな黒衣を羽ばたくように両腕を開いて合掌した。
  
 照子が急死した。寺の庭仕事をしていた時に、激しい雨が急に降ってずぶ濡れに
  なったまま、うずくまってしまった。その時は周りに誰もいなかったので、異変に
  気付かれなかった。急な雨が上がったので外に出て来た若者たちが、照子のうずく
  まった姿をみて、「おばさん、おばさん」と、声をかけたが返事がなく、なんだか 
  異常だと感じて駆け寄って、照子の肩に手をかけると、しゃがんだ姿のままコロッ
  と横に倒れた。
   照子の葬儀は、伊野銀行頭取夫人に相応しい盛大なものであった。喪主・寛平の
  隣に逸子が席を占めていたのも当然だった。だが、この式が終わった後の宴席では
作品名:二人の禅師 作家名:佐武寛