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二人の禅師

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  逸子は天空和尚の養女となることが披露され、逸子が挨拶に立った。
 「私は、お二人の禅師の御導きによって、無動寺に留まることになりました。私の
 母は、照子おばさまの姉です。そのことが解って、私はぐれました。震災孤児であ
る自分に相応しい道を探し求めました。同じ震災孤児の仲間と起居を共にし、浮浪
児であることが自分に相応しいと思いました。仲間と山野をさ迷っているときに、
私の進むべき道を教えてくださったのが天真禅師であります。天真禅師は、さすら
 い人の姿で私たちの前に現れ、流離うとはどういうことであるかを、身をもって教えて
くださいました。照子おばさまは、子守をするように私たちを見守ってくださいました。摩耶おばさまは、私たちを陰から庇護してくださいました。天空禅師は、すべてのことを陰で取り仕切ってくださった極め人でした」
 逸子は泣き崩れて、言葉が出なくなった。孤児たちがそばに駆け寄った。この時、講堂を囲む天空に稲妻が走り大音響とともに雨が降り出した。まるで、逸子の涙に加勢するようであった。参会者は驚いて一斉に窓の外を眺めた。間もなく空は晴れ、雲の切り目の青空から太陽の光が講堂に差し込んできた。この季節によくあるにわか雨だった。
 この日を境に、逸子はまばゆいばかりに美しい女人に変身した。心の持ちようでかくも変わるものかと天真は驚いた。天空は、観世音菩薩が逸子の姿を借りて降臨されたと話すほどの心酔振りであったが、世間では、夜叉が変身したという噂が広まるのに時間はかからなかった。噂を耳にした逸子は、妙見山で天真と出会った時に、自分の体内に異類の魂が宿った衝撃を感じたことを思い出した。それが徐々に神通力に成長した。その感覚は今も生きている。天真と戯れた実体はこの異類であると自覚している。天空の念力に包まれると、この異類の神通力が法力に変質した。二人の禅師は逸子をここまで導いた。天真は身をもって教導し天空は授戒の労を引き受けたのである。今現在、逸子には迷い人を済度する心境が芽生えている。
  このようなめでたい雰囲気の中で、ただ一つ天空を悩ませているのは、天真の徘徊病
 であった。老人の徘徊の病理はいまだ解明されていないままに、対症療法として禁足が
求められている。天空はこれを不条理だと思っている。健常者のルールによって律しようとするもので、あたかも車社会のルールが歩行者を排除するように陸橋を造ってきたのと同じではないかと憤りを感じている。むしろ老人は徘徊するのが自然な姿だと天空は思っている。尤もそれには、徘徊同人がいないと社会の迷惑になる。天真の場合はその同人が逸子であったことになる。老人の徘徊は、芭蕉の旅六百里にその理想型が見出されることを天空は師友N氏の執筆した本によって知った。芭蕉が歩いた六百里の道を九十一歳になるN氏が三百年後のいま辿りなおした記録をしたためたものであるが、芭蕉の残した足跡を辿って芭蕉の生命力に触れた感動の書である。天空はこの書を読み終えて俳諧の心は何ものにも囚われない徘徊から生まれることを心底から理解できたのである。天空は、老人の俳諧の旅を無動寺の行事に取り入れようと決心している。その旅には天真と逸子を参加させて二人の徘徊を完成させる機会にしたいと思っている。(おわり)
                                     
                                    

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作品名:二人の禅師 作家名:佐武寛