黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7
「伊吹先輩!!!」
瑞の声だ。同時に女が怯む。何かが飛んできて女に当たる。水?冷たいと知覚するその前に。
ギィャアアアアアアアアアアアアッ!!
すさまじい悲鳴とともに、女がものすごい速さで伊吹から離れる。両手で顔を覆い、髪を振り乱している。
「祠に戻る気だ!颯馬行け!短距離選手だろ、絶対逃がすな!」
「おまかせ」
「あ、あたしも行く!」
郁と颯馬が飛び出していく。座り込んだままの伊吹のそばに、慌てて瑞がやってくる。
「ケガないですか?」
「…濡れただけ。何投げた?」
「ペットボトルごと、水投げた。狐の祠の湧水だよ。効いたね」
大丈夫かと気遣う声に顔をあげ、伊吹は呟くように瑞に言った。4
「心を覗かれたんだ」
「え?」
「俺だって…犯人と同じだよ。醜い感情、いっぱい持ってる…羨ましくて妬ましくて悔しくて」
「……」
「いつかいみご様に、祈りそうな弱さがあるんだ。それがわかって、すげえ情けなくて怖くて。颯馬にも、何も言い返せなかった…」
あいつ先輩になんか言ったんですか、無礼なやつだ、と瑞が憤る。その表情を見て、伊吹は少しずつ自分自身を取り戻す。先ほどの負の感情を流し込んできた女に比べ、瑞のこの怒りっぷりは、なんというか明るくてホッとする類の憤りだった。陰湿さや冷酷さのない感情の表し方。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白