黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7
(…どうなった)
覚悟を決めて目を開けた伊吹を、女が見下ろしていた。真上。いつから、ここに。
天井にまで届く長身。頭が横に曲がっている。ばさばさの髪が伊吹の頬をかすめていた。
「……」
どす黒い顔には、目も鼻も口もない。ぽっかりと黒い穴があいている。目がないのに、女が自分を見ていることが、伊吹にはわかった。女が腰を屈め、顔を近づけてくる。
ウ ラ ヤ マ シイ ナア……
声が聞こえる。細い細い、かすれるように小さな声。夜のように真っ黒な闇が、伊吹の顔を覗き込んでくる。
アンナ フウニ ナレ タラ イイ ナア……
枯れ木のような、殆ど骨と皮だけの10本の指が、伊吹の頬を包むように覆う。真っ黒い、どすぐろい、その顔。見られた。気づかれた。自分の中のどす黒い感情に。
「…見るな、覗くな…」
せり上がってくる心臓の鼓動が痛い。伊吹は震える声で言う。
イ ナ クナ レバ イイ ノニナア……
「そんなこと思ってない!!」
伊吹は絶叫する。瑞は大事な後輩だ。どれだけ実力の差があっても、どれだけ生まれ持った資質が違っても。いなくなればいいなんて。そんなこと。そんなこと。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白