黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7
「醜い感情って…誰だってあるでしょ。どんな優しくて賢くて恵まれたひとでも。俺だって嫉妬するもん、結構」
一通り颯馬を罵ってから、瑞は優しい声でそう言った。
「ウソだろう?おまえは才能にも恵まれてて…」
ああ、これがもう妬みじゃないか。みっともなくて、伊吹は目を伏せる。
「聖人君子じゃないんだから。別に恥ずかしいことじゃないし。行きすぎちゃったら今回の犯人みたいになるけど。そういう感情って自分の肥やしになるって俺は思いますもん。もっと頑張ろうとか、絶対負けないぞ、とか」
「……」
「嫉妬も羨望もなくなったら、それってもう逆に不健全ですよ。努力も恋愛もできなくなりそう。俺ら人間だし。それに先輩は、あんな犯人みたいにはならないよ。そんな怖がらなくても」
ほら、と伊吹の眼前で瑞はパチンと手を叩いた。かすみがかっていたような思考が、少しずつクリアになっていく。
「俺は主将なのに…戦力になれないから、それが悔しい」
本音を零すと、瑞は慌てたように言葉をかけてきた。
「先輩がいなかったら、その戦力も機能しない。伊吹先輩いなかったら弓道部崩壊してるよ。俺らにあんな細かい指導して、道を教えて、我の強い連中の手綱をがっちり握ってくれてるの、みんな知ってる。縁の下で踏んばってくれてることを。だからみんな、伊吹先輩についていくんですってば。卑下することなんて一個もない!」
道徳の教科書みたいなこというけど嘘じゃないよ、と瑞が必死に続ける。なんとか伊吹を元気づけようと、してくれているのだ。不器用ながら。それを見ていると、情けなさより嬉しさがこみあげてきて。
「…そっか、ありがとな」
「そうですよ」
「うん…」
「信じて下さいよ。俺が言うんですよ?」
「…なんだその自信」
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白