黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7
しかし祈りもむなしく、少しずつ少しずつ扉を開ける音が静寂を切り裂いた。
ぺた ぺた
暗くて見えないが、足音だけは明瞭に響き、そこにいる者の存在を明確に示してくる。伊吹は心臓がばくばくするのをおさえ、目を閉じた。
先ほどの颯馬の言葉が蘇る。魅入られる、と。いみご様に祈りを捧げる生徒たち。その心にある感情が、己のうちにはないと自信を持って言える人間はいるのだろうか。
(嫌だ)
羨ましい。妬ましい。悔しい。憎い。そんな感情、伊吹の中にだってある。環境や状況によっては、あのいみご様という存在を、自ら求めてしまうことが、ないとは言い切れない。
もしも、あの後輩に、何一つ太刀打ちできない日が来たら。
(だめだ)
言いきれないのだ。
だから伊吹は目を閉じる。魅入られてしまわないよう。見にくい感情に、気づかないよう。きつく目を閉じて膝に押し付けた。
ぺた ぺた
足音は確実に、机の間を縫って、教室前方に近づいてきている。
(これ…もうだめなんじゃないか…?)
絶望感に全身が粟立つ。見つかっているのだ。隣の颯馬は何も言わない。足音がやみ、耳に痛い静寂に包まれる。無音。何の音も、ない。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 後編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白