黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
「…なんかごめん」
「え…?」
突然謝られて郁は涙をぬぐって顔をあげた。瑞は難しい顔をして、自分の足元に視線を落としている。
「一之瀬がちょっと変だなっていうの気づいてたんだ。校外試合の前から」
「……」
「でも俺も俺でいろいろあって、気にかけてはいたけど力になってやれなかった。おまえ射を見てほしいって言ってきた日あったろ。あんとき話のひとつでも、ちゃんと聞いてあげてたらよかったのに」
ずっと気にかけてくれていたのか…。心に小さな灯が点ったような温かさを感じる。
「できることあったら力貸すから」
郁はこんなときなのに感激してしまう。瑞が自分を、チームメイトとして気にかけてくれていたことが嬉しくて、こんな自分にも価値があるのだろうかと思わせてくれるようで。
「…じゃあ、須丸くんのiPod、もっぺん貸してほしい」
「え?」
「だめかな」
以前も凹んでいたとき、貸してもらった。それで元気が出たのだ。瑞の聴く音楽は郁のそれとはまったく違って、だからすごく新鮮だったことを覚えている。お守りみたいに、繰り返し聴いたことも。
「いいよ」
瑞は笑って、鞄の中からそれを取り出しながら言う。
「凹んでるときは、もうとことん落ちて落ちて、からっぽになるんだ。そうなったら、あとは勝手に浮上するときが来るから、それをひたすら待つ」
「待つの…?」
「うん。焦って結果を求めようとする心に、現実は追いつけないから。そのすれ違いにまた苛立って焦りが大きくなってしまう。だったらただ待ってた方が気持ちの負担が少ないって、俺はそう考えるようにしてるんだ」
ただ待つ…。それは早く自分の射を取り戻したいと焦る郁には、一番難しいことのように思えた。しかしそれこそが、今の自分に一番必要なことのようにも感じた。
「俺のおすすめ、このアルバム」
「ありがとう…聴いてみるね」
言葉少なに自転車を押しながら、二人で交差点までやってきた。夕暮れはもうすっかり夜へと姿を変えている。
「じゃあ、また明日ね」
「おー」
瑞に別れを告げて横断歩道を渡る。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白