黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
やはり精神的なことが原因だったようだ。でも治ったよ、と穏やかな声で伊吹が言った。いま、彼の射を見ていて、そのような症状は皆無だ。克服したのだろう。克服、できるのか。小さな希望が胸に灯る。
「弓やってりゃ通る道だ。宮川主将も一時早気に悩んでたっけ」
「そうなんですか…」
「原因は様々だから一概にこうすれば治るってことはないんだけど、俺は周りのひとにも協力してもらってなんとか克服したよ。他人の射を見ることだけに専念したり、弓から離れたりもした。一之瀬も焦るな。じっくり付き合っていこう」
その優しい言葉にホッとする。
「郁、ほらほっぺ冷やすよ~」
保冷剤と救急箱を持って、友人が戻ってくる。
「ちょっと切れてるみたいだから、薬ぬってやって」
「はい、主将」
経験し克服した者が身近な人間にもいることを知り、郁は少しだけほっとする。伊吹は指導に戻っていった。
「痕になんないように、薬すりこんだげるから」
「ありがとー…」
郁は痛む頬を治療してもらいながら、ずっしりとした心の重みに項垂れる。うまくいかないことばかりだ。基本的にポジティブな郁も、これはさすがに落ち込む。
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作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白