黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
郁の一瞬キョトンとした表情が非常灯に浮かび、伊吹は目をそらした。
「あれ?」
階上から、物音がする。
ゴン、ゴッ、ゴン、ゴン、ゴッ…
不規則なリズムで響く音。誰かが下りてくる?
「須丸くんたち、ですかね」
「…でもこれ、足音か?」
何か硬いものを叩くような音だ。教師?いや、違う。壁に、何かをぶつけているような、音。
二人は身を固くし、音に集中する。気温が下がったように感じるのは錯覚だろうか。
「すぐそこまで来てる…」
目を逸らせない。足を動かせない。階段の踊り場に注目する。もう、音はそこだ。もう、見えてしまう。ふわあ、と何か千切れた布のようなものが見えた。黒い。そして。足、のようなもの。骨の浮き上がった、どす黒い右足。それを視認した瞬間、伊吹はきびすを返して郁の背中を叩いた。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白