黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
ごまかしたけれど、本当は郁にこう言いたかったのだ。
恨まれることよりも、恨む側に回る可能性があることのほうが怖くはないだろうか、と。弓道場でのことや試合での瑞の姿が蘇り、伊吹はその思いを振り払う。
(だめだ、なんか…ちょっとやばい。あんま深入りしちゃよくない気がする)
教室、物置、図書室、三十分かけて検めていくが、祠など見当たらない。
「あとはトイレくらいですけど…」
郁はそう言ってそちらを指さす。
「トイレって…仮にも神様をトイレにって、どうかな」
「それ以前にあたし夜のトイレは怖くて無理です…」
除外していいだろう、と二人は頷き合う。これで一回りしたが、収穫はなかった。瑞と颯馬はどうだろうか。
「…あたし、弓引きたくてたまんないんです」
二人と合流するため階段を登って三階に向かっていたところで、ぽつんと郁が呟いた。
「だけどその気持ちは、早くもとに戻らなきゃっていう焦りなんです。義務的な」
「…わかるよ。身体が忘れそうで怖いし、一日も早く復帰するために直さなきゃって思っちゃうんだよな」
階段で立ち止まり、階下の郁にそう返す。彼女はいま、イップスと戦っているのだ。戦っている者にしかわからない苦悩。まじめに練習を重ねてきた郁にとって、つらい時期なのだ。
「宮川先輩が早気になったとき、いろんな方法試してたけど、やってみるか?」
「え、どんな!?」
「会の状態のとき、後ろに誰かに立ってもらうんだ。で、カウントしてもらう。五秒数えたら離す、とか決めて。他にも肘を支えてもらったり。どんな方法が一之瀬に合うかはわからんけど」
「お願いします!」
「でも、絶対に焦らないことが大事だ。一朝一夕で戻るものじゃない。的前でなく巻き藁でやろう。一日…そうだな五本まで」
限度を決めておかないと、それがまた焦りを生んで悪循環となるのだ。郁は納得した。
「ありがとうございます!」
「いや、ごめん…うまいこといくかはわからんし…俺は頼りなくて。また須丸にでも聴いてみるよいいかも」
こんなとき瑞なら、もっとうまく言うのだろうか。適確なアドバイスをするだろうか。そんなことがちらついて、少し卑屈な言葉を吐いてしまったことを、伊吹は悔いる。
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白