黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7
「でもだからって、最低だよこんなの…」
「郁ちゃん平気?俺はあんまこういうの気にしないんだけど」
言いながら、颯馬は人形の手足を手のひらでバラバラと遊ばせている。彼は怖がっていないのだ。
「結果は自分の行いがすべてだし、ぶっちゃけ神頼みなんか意味ないと思ってる。自身の招いた結果を恥じることも恐れることもくだらないよ。でも、こういう伝統っていうか、悪意をのっける習慣みたいなものがあるのが、ものすごく忌々しいんだ」
爽やかに笑顔を浮かべていた颯馬の顔は、月明かりに照らされて厳しい表情に変わっている。声は穏やかなままだったが、怒りの感情が声に滲み出しているのがわかる。
「自身の努力不足が原因なのに、その怒りを他人に向ける神経とか、別の何かにすがろうとする弱さとか、すげーむかつくんだよね」
しばらく沈黙したあとで、颯馬は静かに語り始めた。
「…春にね、うちのクラスの笹山くんが、ターゲットにされたんだ」
伏せぎみの視線が、教室の後方に注がれた。笹山くんの席だろうか。
「笹山くんは賢くて、こんな俺にも優しくていいやつだった。なんていうのかな、頭がいいだけじゃなくて、よく気が付くし、親切だし、とにかくギスギスしたクラスの中で良心的なやつだった。がり勉くんって感じの風貌だったけど、誰かを不快にさせることは絶対なかった」
懐かしむような口調だった。
「その笹山くんが、春のクラス模試でトップだったのが原因だったのか、朝になると机の中に、剥がした爪みたいなものが入れられてるって相談に来た。すごく気に病んでた。俺はそのとき『いみご様』の話を特進クラスの先輩に聞いて腹がたったよ。くだらないから無視すればって言うんだけど、笹山くんはすごく怖がって、気に病んで…五月からすっと不登校。夏休み終わっても、怖いっつって、出てこないんだ。呪ったやつは喜んでるだろうな。ライバルが一人減った、ってね」
作品名:黒闇抱いて夜をゆく 前編 探偵奇談7 作家名:ひなた眞白