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運命に導かれて

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「羨ましいと思う男はたくさんいるはずよ。若くてきれいで賢くて、そんな女を愛人にできるなんて……彼女はきっとお金では転ばない女よ。何で転ぶかしら?」
「若い女なんか、みんなセックスだろ。種馬みたいな男を求める」
「あら、ずいぶんと女を見下した言い方ね。女にもハートがあるのよ。吾郎さんは信じないかもしれないけど」
「ハートか……そんなものはとっくの昔に忘れた」
そこに美雪が来た。
「ハートを忘れたの? かわいそう。私が探してやるわよ?」
「余計なお世話だ」
「吾郎さんって、謎が多いのよ」とママが言った。
「謎なんか何もない。ただの中年男だ。少しお金がある」
「幾ら貯めたの?」
「言わない」
「幾らまで貯めるの」
「言わない」
「貯めてどうするの?」
「半分は恵まれない子供たちにプレゼントする。もう半分は君にやろうか?」
「嬉しいけど。代わりに何を私に求める?」
「セックスだ」
 美雪は笑った。吾郎は酔っている。
「嘘ばっかり言って。じゃ、どうしてこの前、抱いてくれなかったの? 私はその気があったのに……」
「まだ沙織のことが忘れられない」
「愛していたの?」
「よく分からないけど、いつの間にか、愛していた。本当は体だけの関係だったはずなのに」
「お母さんも同じようなことを言っていた。吾郎さんとは体だけの関係だったって。吾郎さんの心の中には別の人がいるとも。だから頼っていいけど、恋をしてはいけないと言っていた」
 美雪が吾郎の手を掴んだ。
「誤解だ。俺の心の中にはもう誰もいない。ただ、とてつもない空洞が開いている」
「どのくらいの大きさ?」
美雪が指を絡めてきた。吾郎は拒まなかった。
「果てしなく広い空洞。ちょうどローマの宮殿にあるドームのような広さ。宇宙の星を捉えられるくらいの広さ」
 吾郎は思い出したように、席を立ち、帰ると言った。美雪は止めなかった。このまま居たらどうなるか、彼女自身も何かを感じたからだ。

吾郎が、橋本部長とすれ違ったとき、
「おい、何かあったのか?」
「みんなが言っているぞ、吾郎は変わったって。俺はお前に女ができたと睨んでいる。それも若い女か? いいよな、独身は。金持ちの独身なんか、夜の店にいけば、若い女がたくさん集まってくるだろ?」
「部長も独身になればいい」
「そういうわけにはいかない。鬼ババアみたいな嫁とパラサイトの息子と娘がいる。三人とも、俺をATM機だと思っている。鬼ババアとはもう十年近くセックスレスだ」
「それが、君が選択した道だ」
「選択したわけじゃない。ただそうなっただけだ」

週に一回のペースで美雪が勤めるクラブを訪ねた。訪ねる度に吾郎が彼女に魅かれていることを実感していた。さながら、まるで蜘蛛の巣にかかってしまった昆虫のようだと自嘲した。けれど、魅かれていく自分を抑えることができなかった。いや、正確いえば抑えようと思わなかった。
『今日は誰もいないから来て』というメールが美雪からきた。
 その日はひどい雨だった。
 町中、洪水のように水浸しだった。
 店のドアが開いた。
 吾郎が来たのだ。
「きっと来てくれると思っていた」
「誰も居ないのか?」
「開店休業状態よ。このひどい雨のおかげで」 
 ママと美雪の二人が両隣に座った。
「両手に花か。悪くないな」と吾郎は笑った。
「今夜はとことん飲もう」と美雪が言った。
「ずいぶんとご機嫌だな。だいぶ酔っているのか?」
「さっきまでいた客にずいぶん飲まされたの。美雪のことを気に入って、胸を触るはお尻を触るわ。挙句の果てに愛人になれと言ったの。美雪は頭にきて、次から次とお酒を飲んだの。帰るとき、あまりの料金の高さにびっくりして青ざめた。きっと二度と来ないわね」とママは笑った。
「ママ、これからよ」と美雪は微笑みながらワインを注文した。
「どうしてこんな時間に来たの?」とママが聞いた。
「私が『来て』と頼んだの。でも、本当に来るとは思わなかった。ひょっとして、私のこと好きになった?」
「馬鹿言うな。恋愛対象外だ。ママくらいの歳じゃないと、俺がついていけない」と吾郎は笑った。
「あら、失礼ね。私だって、まだ三十一よ。そんなに大差はないと思っている」
「それは失礼なことを言ってしまった。でも、胸もお尻も垂れていない?」と吾郎は言った。するとママはその手を取り、胸に押し当てた。
「どう垂れている?」
 美雪も吾郎もあっけにとられた。
「ママ、少し酔っている?」と美雪が聞いた。
「少しどころじゃない。だいぶ酔っているわよ。ふと思い出したの。随分、昔、吾郎さんに『何も醸す気にしていいから、愛人にしてよ』と頼んだら、『俺には俺の趣味がある』と断られた。吾郎さんはきっと美雪のことを好きになると思う。美雪みたいに清楚な人が好きだと思う。『お前みたいなバラの花みたいな派手な女は好きになれない。ユリの花のような女が好きだ』と聞いたことをあったわ。でも、美雪、本気になったらだめよ。吾郎さんにはたくさんの愛人がいるから。その中の一人でいることに満足できる? 独占しようなんて思ったら、嫉妬に狂ってしまうわよ」
「ママ、幾らなんでも言い過ぎだろ。俺は同時にそんなに多くの女を愛せない。せいぜい二人が限度だ」
「いつも二人もいるんだ」と美雪は驚いた。
「いつもじゃない。多いときだ。でも、もう歳だから、一人で十分だ」
「今はいるの?」とママが聞いた。
美雪は吾郎の方を見た。
「今はいない」
 ママは美雪の母親と吾郎が長い間愛人関係であったことを知らない。美雪だって、愛し合ったことはあるのだろう程度しか知らない。沙織はどこまで深く愛したのかは秘密にしたまま墓場に行った。
「男は、女と違って一日中恋愛はできない。その点、女はいい。股さえ開いていれば、一日中できる」と吾郎は笑った。
「吾郎さんって、不思議な人。本当はたくさんの多くの知識があるのに、それを見せびらかす真似はしない。反対に品性のないふりをして、女たちを喜ばせる」とママがしんみりと言った。
「私もそう思う。きっと吾郎さんの中に少年がいるような気がする」と美雪が言った。
その表現に吾郎は驚いた。心の奥にあるものを見透かされたような気がしたからである。
「そういえば、吾郎さんの子供の頃の話は一度も聞いたことがない。東京に来て、N社に入ってからのことだけ。それ以前のことを何も聞いたことがない」
「人には事情がある。言いたいこともあれば、言いたくないこともある」
「私もそう思う」と美雪は吾郎の胸に手を当てた。
「吾郎さんの心の中にある悲しみを私が癒してあげる」
「ありがたいけど、無理だろう。だいたい君と僕は二十歳も離れている。生きた時代、育った環境、何もかも違う。交わるところは何もない」
美雪はじっと吾郎を見つめた。
「それは間違いよ」
「どうして?」
「生まれた環境、育った環境、時代が違っても交わることはできる。それが男と女の関係でしょ」と美雪は言った。
「そうよ」とママが笑った。
「今日はみんな酔っているな」と吾郎は苦笑いをした。
時計の針は午前一時になろうとしていた。
美雪が「私のことをどう思っている?」と切り出した。
「どうって?」
「私は吾郎さんのことが好きなの」と美雪が言った。
作品名:運命に導かれて 作家名:楡井英夫