水無川
しかし一郎は「許しは得てある。心配ない」と言うばかりで、毎晩おりゅうと出掛けてしまうのだった。
ある夜のこと。村の衆がこっそり一郎とおりゅうの後をつけることにした。
すると一郎とおりゅうは川の中へと消えていったのである。
これに慌てた村の衆は翌朝帰ってきた一郎を問い詰めた。しかし一郎は「おりゅうのお屋敷に行っていた」と言って譲らないのである。
村の衆や両親は「お前は妖怪にたぶらかされているんだ」と説得したが、無駄なことであった。一郎は「私はおりゅうと祝言を上げます」と言って聞く耳を持たなかった。
「一郎ひとりの問題ならいいが、このままだと村全体が危ない目に遭うかもしれねぇ!」
業を煮やした村の衆と両親は、とうとう一郎に猿轡を掛け、納屋の柱へ縛り付けてしまったのである。
夕方になって一郎を呼ぶおりゅうの声がする。それは一郎の耳にも届いた。しかし猿轡を掛けられ、声が出せないもどかしさが一郎を襲う。
「んんーっ!!」
一郎は猿轡を嵌められた口で、精一杯叫ぶ。心は「おりゅう!!」と叫んでいた。しかし悲しいかな、おりゅうが一郎のいる納屋を見つけることはなかったのである。
こうして、一郎を呼ぶおりゅうの声は夜中から、朝日が差し込む直前まで響いた。
そして、一郎はこの苦痛に一週間も耐えなければならなかった。
一郎が縛られて一週間もすると、おりゅうの声は聞こえなくなった。村の衆も「とうとう諦めたか」などと笑い、胸を撫で下ろしていた。こうして一郎を縛っていた縄と猿轡は解かれたのである。
それからというもの、一郎は田圃へ行くこともなく、毎日を家の中で過ごしていた。
「ちったぁ働け。この穀潰し」
両親や村の衆からなじられても一郎は田圃へ行こうとはしない。ひねもす家の中でゴロゴロしているだけであった。
そればかりか一郎は食も細くなり、ほとんど何も食べなくなった。その身体は見る見るうちに痩せこけていき、骨と皮だけになってしまったとか。
村の衆はそんな一郎を見て「妖怪憑き」などと噂し、避けるようになったのである。
一郎にしてみれば、ただ好いた女と一緒になりたかっただけであった。それに周囲がやっかみを入れた揚げ句、自分を中傷しているとしか彼には思えなかったのである。
「ああ、もう生きてなんかいたくない……」