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水無川

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 おりゅうに促されながら湯殿へ向かう一郎だが、生活の匂いがまったくしない。果たしてここが、本当にこの世なのかとも疑いたくなる程だ。一郎は狐か狸にでもたぶらかされているのかとも疑うが、おりゅうの微笑みを見る度に、その猜疑心も掠れてしまうのだった。
 湯殿では一郎もおりゅうも一糸纏わぬ姿になり、その身を湯船に預けた。一郎の身体からは、きつかった仕事での疲れが嘘のように抜けていく。
 ただそれ以上に、おりゅうの透き通るように白く、細い裸身が目に焼き付き、離れなかった。
(女の身体とはここまで美しいものか……)
 一郎は感嘆し、桶で湯を汲むおりゅうの姿を、呆然と見つめていた。
 だが一郎も男である。その美しい肢体に劣情を抑えぬことは無理からぬことか。
 湯船から揚がった一郎は、おりゅうの肩に手を伸ばす。一郎の手が触れると、おりゅうが振り返った。その妖しいまでの流し目に、一郎の想いは更に高ぶったのである。

「こちらに……」
 湯殿の隣は床の間であった。既に豪華な床が整えられており、おりゅうは一郎の手を引いて誘う。
 一郎は若さに任せて、力一杯おりゅうを抱き締めた。腕の中で軋む華奢な肢体。鼻をくすぐる濡れたような黒髪。胸に当たる膨らみの感触。すべてが一郎を興奮させる材料だった。
「ああ、おりゅう……」
「私を抱くということは、私と夫婦になってくださるということですね……?」
 おりゅうがやや真剣な眼差しで、一郎の目を見据えて言った。
「おお、そうとも。夫婦になるともよ……」
 そう約束した一郎はおりゅうの乳房に顔を埋めた。初めて知る女の柔肌である。一郎は欲望のままに、その震える蕾を吸い、心行くまで感触を楽しんだ。

 そして二人は結ばれたのである。
 おりゅうは眉間に皺を寄せ、唇を噛みながらも、どこか幸福そうな顔をしている。
 そう、この時、二人は限りなく幸福だったのである。

 一郎が村へ戻ってから、おりゅうは夕暮れになると、毎日一郎の元へ現れるようになった。
 これが村の噂になったことは言うまでもない。何せ、おりゅうの着物は武家を連想させるものであり、武家と百姓の婚礼など許されるはずがなかった。一番心配したのは一郎の両親で、彼の身に何か不吉なことが起こらないかと、いつも心配していた。
作品名:水無川 作家名:栗原 峰幸