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水無川

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 そう呟いた一郎は最後の力を振り絞るようにして、川に架かる橋へと走っていった。村の衆はもはや一郎には村八分を決め込んでいる。彼の方を振り向く者など誰一人としていなかった。
 一郎は橋の中央にまで来ると、勢いよくその身を川に投げた。その様子を何人かの村の衆が見て、初めて事の重大さに気付いたのである。しかし一郎の身体は、滔々と流れる川の流れに飲み込まれてしまい、姿を確認できない。あっと言う間に人だかりができた。

 すると程なくして川は渦を巻き、その水は天高く舞い上がった。そして川の水は大きな龍へと姿を変えたのである。
 龍は一郎を抱えていた。その玉のような目は深い哀しみを湛えているように見える。
「オオォォォーッ!」
 龍は哀しそうに吠えると、一郎を抱いたまま天高く昇っていった。そして雲の裂け目へと、その姿を隠してしまったのである。

「見ろ、水がない……!」
 村の衆の一人が橋の欄干から川を覗き込んで叫んだ。その声を聞いた村の衆たちは次々に川を覗き込む。
 そこには所々に水たまりがあるだけで、水が流れていなかったのである。

 村の衆はすぐに龍神を祀った祠を建て、龍を呼び戻そうとした。川がなければ田畑は枯れてしまう。確かに川は時々暴れ、田畑を荒らしたり、人に危害を加えたりはするが、川は村の存続になくてはならない存在なのだ。村の衆は龍と一郎に心から詫び、祈った。しかし龍と一郎が再び戻ってくることはなかったのである。

 それ以来、川の水は涸れたままで、人はこの川を「水無川」と呼ぶようになったそうである。

(了)
 
作品名:水無川 作家名:栗原 峰幸