風待ち
「明日は早朝から『水無月』作りだ。芳弘君もよろしくな」
「はい、ぜひ教わって帰ります」
芳弘さんの目的のひとつは、あゆに。そしてもうひとつは これだったのかとわかった。
一年の半分という節目の日。
六月の晦日、三十日を「夏越の祓(なごしのはらえ)」という。
この半年の身に積もった罪や穢れ(けがれ)を祓い、暑い季節、病にかからぬようにとの願いと残り半年の無病息災を祈願する神事なのだ。
そのときに食べられるのが『水無月』という菓子だ。白の外郎生地に小豆をのせ、三角形に切り分けられた菓子。小豆は邪気を払い。三角の形は暑気を払う氷を表している。
あの頃、ぼくの出番はなかったが、それを作るのだ。
一日がかり。もちろん通常の店頭販売の和菓子も作らなければならない。
脚は遅くなった丈さんも 和菓子作りの手作業は別の人のように感じられるほど凄い。
あゆもバイトなのか 無償なのか 店頭の看板娘のように笑顔で接客をしていた。
「みんなごくろうさん。お疲れさま」
芳弘さんと 明日は神社へ出かけようと話した。
もしひとりなら あゆを誘おうと思っていたが それはできなかった。
翌朝、身支度も整い出かけようと外に出ると、店の柱に凭れているあゆがいた。
「おはよう。こんな早くにどうしたの?」
「にいちゃん、ちくわ 行こう?」
あゆは、間違えたのは承知とばかりに笑っていた。
「ちくわって言ってるやつは、連れていけないな」
「じゃあ、かっこいいよしひろにいちゃんが エスコートしてやるぞ」
「本当? わぁ行こ行こ」
「ま、待てよ。わかった。行こう。っておい!置いていくなよ」
ぼく達三人は、神社へと出かけ、神社の鳥居に張られた茅草(かやくさ)を束ねて輪を作った『茅の輪(ちのわ)』をくぐる。左へ回り、次は右へ、そして左へと8の字を描くように三度くぐると身が清められ、不浄を祓う禊(みそぎ)の風習だ。それをした後に ぼくは考えていた。
「にいちゃん、あゆ 茅の輪くぐれたよ。褒めて」
人に見られているわけでもなかったが、三十路過ぎの男が、二十歳(はたち)そこそこの女の子の頭を撫でてやるのも可笑しく思えた。
「ほら、誠一、ちゃんと言ってやれよ。でないと俺が言っちゃうぞ」
「わかった。わかったから 芳弘さんは後ろ向いててください。あ、五歩前に進んで、絶対振り向かないでくださいよ」
「はいはい、仰せのとおりに」