あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6
「行ったら、ものすごく後悔する。お互いに。いまならそれがわかるんだ…だから、行かない」
石段の上のほうで、高校生の伊吹がこちらを睨みつけている。冷たい雨より、なおいっそう冷たい表情で。早く来いと、そう言いたいのだろう。だけど、行かない。行ってはいけない。そう思う。
「行かない。今度は、もう間違えない」
今度?
自分で言った言葉に違和感を覚えるが、構ってはいられない。
「先輩」
雨にぬれ、冷たい表情を浮かべる伊吹のもとへ石段を進む。
「本当は、あんただって、この先に行くことを躊躇ってるんじゃないのか?」
じっと睨みつけてくる伊吹の手を掴んだ。ひやりと冷たく、氷のようだ。生きていないみたいに。
「行きたくないんでしょ?俺にはわかるよ、先輩」
伊吹の射抜くような目が、みるみるうちに悲しそうに伏せられていく。いつかの夢で見た。伊吹は、この石段のさきへ瑞を連れていくことを、自分の役目だとそう言ったと思う。それが瑞の望みだから、仕方ないのだと。
「俺が望むから、この上へ連れて行こうとしてるんじゃないの?本当は、そんなことしたくないのに。俺、先輩にそんなつらい選択させないよ、今度こそ絶対に」
今度、こそ。
間違えない。
それ が おまえの 答えか
「!」
囁く声とともに強い風が吹き、伊吹は顔をかばって目を閉じた。次に目を開けたときには、石段も、二人の伊吹も消えていた。濃い霧と、大きな鳥居。その鳥居の下に、老人が立っている。
「瑞」
若草色の着物を着た、柔和な表情をした老人だった。笑っている。その顔を見た瞬間、瑞の胸に痛みが走る。それが強烈な懐かしさだということに気づかないまま、瑞は老人にくぎ付けになった。誰だっけ、このひと。知ってる。会いたかった。ずっと探していた。
「瑞」
再び名前を呼ばれた瞬間、瑞の膝が崩れた。力が抜けて、地面にへたり込む。
(なんだこれ…身体が勝手に…)
作品名:あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6 作家名:ひなた眞白