あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6
開くもの、閉じぬもの
翌日。朝一番の授業で伊吹は睡魔と戦っていた。今日も気持ちのいい秋晴れ。朝から気合入りまくりの一年生への指導と稽古を終え、心地よい疲労感でいっぱいだった。しかし絶対に眠るわけにはいかない。
「ええと、じゃあ二行目から訳してもらいます」
英語教師が黒板から生徒たちのほうを振り返る。予習をしている前提で授業は進む。課題に予習に部活にと、進学校の生徒は要求されるものが多い。
「じゃあ、神末くん」
「はい」
ああ、目が合っちゃった。立ち上がり、テキストとノートを交互に見やったとき。
「前田くん、後ろの戸が開いてる。閉めてくれる?」
「あ、はあい」
「じゃあ神末くん、どうぞ」
「ええと…キャサリンは将来デザイナーを目指すため…」
静かな教室に、伊吹の声だけが響いている。
「そこでキャサリンはボーイフレンドのマイケルの反対を押し切り、ラスベガスの…」
「…あら?待って」
教師に止められ、誤訳でもあっただろうかと顔をあげると、どうやらそうではない。教師は怪訝そうな顔をして、教室の後方を指さしていた。生徒らの視線が一斉にそちらを向いた。
「前田くん、開けた?」
「は?俺触ってませんよ?」
「…」
後方の扉、先ほど前田くんが閉めた扉が、ほんの少し開いている。隙間から白い廊下の床が見えていた。俺じゃねえよ、と言いながら、前田くんが再び扉を閉める。今度は確実に、とでもいうように、閉めてからもしばらくじっと見守っていた。
作品名:あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6 作家名:ひなた眞白