あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6
「でも…いいのかな。逃げてばっかりで、知らんぷりして、いつかそれをものすごく後悔することも、嫌なんだ」
伊吹の自分勝手な言い分を、瑞は口を挟まずに聞いている。風の音が耳を過ぎていく。こんな話を、瑞はどう思っているんだろう。抽象的な感覚の話。伊吹にだってうまく言えないこの感じが、瑞に理解できるはずがない。
「それで話って?」
「…うん、」
言っていいのだろうか、とここでまた逡巡する自分に苛立つ。瑞を怒らせるかもしれないなと思っていると、彼はふいに表情を崩して笑った。
「ねーちょっと、どういう心境の変化?」
瑞がけたけたと笑っている。久しぶりに見る、飾り気のない笑顔だった。怒ってない、と少しホッとする。
「この前まで、あんなにこの話を拒絶してたのに」
「ごめん…自分勝手だったと思う」
「ほんとにね。俺けっこう凹んだよ。怒らせたなーって」
ずっと喧嘩が続いているような状況だったから、瑞が気遣うことなく話してくれることに安堵する。伊吹も表情を崩し、緊張感から解放された。
「話せるようになったら、話してくれたらいいです」
瑞はこちらの思いを汲んでか、そう結んでくれた。この気遣いに、応えたい。いつか。
「…ありがとう」
かたくほどけなかった結び目が、少しだけ緩んだ気がした。
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作品名:あの日と同じに雨が降る 探偵奇談6 作家名:ひなた眞白