樹の家
幼稚園の年長さんだった私の一枚の絵。
それは、卒園前の展覧会に出すものでした。でも私は、お友だちと同じように園で描くだけでは足りず、泣いてしまい、母が先生に頼んでお持ち帰りして描きました。
その絵は、今もこの家のあるところに飾られています。
卒園し、地域の小学校に入学した私は、決められた時間割に絵を描く時間を失くしていきました。いえ、失くしたというよりも 興味がほかに移ったのかもしれません。
友だちと公園に出かけては、ジャングルジムのてっぺんに座り、まわりの家を眺めて過ごしました。友だちは怒ったり、一緒に遊んでくれないと泣いたりしましたが、そのうち友だちが増えると、それも気にしなくなったようで、行きと帰りだけの付き合いになりました。
「ねえ、いつも遠く見ているだけで楽しいの？」
「うん。ときどき家の色が変わるんだよ」
「可笑しいの」
その友だちも少々変わっていたのか、そんな私と中学卒業まで行動を共にしてくれました。
高校は、夢のあった彼女とは別の道になりましたが、高校二年の夏休みに彼女の家でお泊り会をしました。昼間からずっと遊んでいた彼女が作り笑顔で言いました。
「たぶん わたし引っ越すことになる」
彼女は、父親の郷へと家族で移るのだと言いました。その時私は、凄く大切なものを失くしてしまうようで 夜中に計画していたこともすっかり忘れ、ただ彼女と思い出話をしながら 一晩中泣いてしまいました。
引っ越しても 私の家に泊まりに来て欲しいと言いたかったのですが、なんせ私の家は、父が子どもの頃から住んでいた家。古民家とまではいいませんが、ひいおじいちゃんひいおばあちゃんが住んでいた古い家だったのです。それにその頃は、祖父母と一緒に住んでいましたから 親にも言い出せませんでした。
高校卒業後、就職も考えたのですが、何をどうしたいかも決められずにいた私は、とりあえず進学をしたいと両親に告げました。快く同意してもらえた私は、それらしく部屋を片付けていると、あの頃…… 毎日のように描いていた画帳が出てきました。
母が、包装紙で包んでくれていて、その包装紙は脆く破れやすくなっていましたが、中の画帳はそのままの色を留めているようでした。
手を休め、開き見る幼い自分の絵。
「へただなぁ」
懐かしさだけでなく、そのストーリーも伝わってわかりました。
そして、その画帳の最後に挿まれていた絵は 卒園展覧会に描いた絵でした。
「夢だったなぁ」