‘50sブルース ララバイは私が歌ってあげる
玲二は売れないイラストレーターだ。依頼された仕事で食ってはいるが、大金を掴むほどの人気イラストレーターではなく、本業の他にもいくつかアルバイトをこなしている。そんな生活に見切りをつけた彼の彼女はさっさと男を作り出て行った。
50にもなってまだ夢を追い続ける男は見栄えはいいが、生活感に欠ける。しかし美和にはそんな男がちょうどよかった。
結婚を求めるのでなく連れて歩くのに容姿もまんざら悪くないし、女友達に紹介するのもイラストレーターというカタカナ職業で、普通の主婦から見ればワァ~となる。
売れないさえない男でも連れ歩き遊びまわるにはちょうどいいのだ。
そして、さらに玲二の絵の才能が好きだ!というのが玲二を好きな第2の理由である。
彼の絵は新作を描く度、美和の心をくすぐり続ける。
男と女のラブシーンを描く彼の絵は美和が若い頃夢見た恋愛にぴったりなのである。
どんぴしゃにマッチするのだ。
お金を稼いでくる夫は夫でキープしといて、遊び心を刺激させてくれる男もキープ。これが美和にとって理想なのだが、玲二はいろんな女性に恋をして、連絡をしてもツレナイ事が多く、その点でも美和の心を憎らしく焦らせ掴んでいた。
一筋縄ではいかない男だからこそ、ずっと追い求められるのだ。
恋愛というものはキャッチすればどうでも良くなり、捕まえられないと追いかけたくなる。
美和は玲二の追っかけであることで、女心の「恋愛部分」を刺激させてもらっていた。
美和にとって最後の恋かもしれぬ玲二との付き合いは、途中放棄も含め6年という長い関係になっていた。
海峡公園のイベントは陽が落ちる頃になると、蜘蛛の子を散らしたように誰も波止場にはいなくなった。雨が降りそうだったせいもあるのだろう。
「どうする?このままホテルへ行こうか」
「そうだね。ホテルでイチャイチャしよう」美和は言った。
海岸沿いのラブホテルを探し、車庫に美和のスポーツカーを入れる。
そして、それを見て「ほら、こんな所にいかにもって感じだろ」と玲二は笑いながら言った。恋愛イラストレーターにはお決まりのシーンに見えるらしい。
部屋に入ると窓からさっき船で渡った海峡が、目の前に見えた。
窓を開けてバルコニーに出てみた。
雨が来るのだろう。雲と海の湿気を含んだ風がバルコニーを通り過ぎた。
ラブホとリゾートを組み合わせたようなこのホテルは海峡に突き出たバルコニーが自慢らしい。美和と玲二は彼が描くイラストのように、そこでキスをした。
「なんだか、今日はやさしいのね、どうしたの?」美和が後ろから包み込む玲二に聞いた。
「しばらくほっといて君に悪いことしたなと思って・・・罪滅ぼし」
「どうだか・・・本当はまた女性にフラレたんでしょ」
「あたり・・・。今度のはかなり効いた」
「じゃ、またいい絵が描けるじゃない?」
「どうだろう・・・男と女って魑魅魍魎だな」
「女は怖いでしょ?」
「ああ、そうだね」
「まだ理解できないの?」
「わかってても、また惚れてしまう。あっ、ごめん・・君にも」
「いいのよ」美和は笑いながら抱きついていた玲二を押しのけると、冷蔵庫に歩いてビールを2本取り出してきた。
「はい、あなたの分これ。じゃ、久しぶりの再会と玲二の失恋に乾杯しましょ」
「なんだかな・・・乾杯の気分じゃないけど・・・乾杯!」
「でも、あなたって失恋したてなのによく平気で私に会えるわね」
「いつも君が僕を拒まないからさ。最後の砦、逃げどころ。病院かも」
「そうやって、もう何回、私のところに来てる?」
「いけなかった?」
「・・・ううん。来てくれて喜んでる私がいる・・・」
「だろ?」
「悪い男ね・・・。お見通しね」
「ごめんな、でも君は君でそれはかわいい」
「喜んでいいのか、うまく利用されているのか・・」
「君だってそうだろ・・・利害関係の一致。意外と男と女はそれでうまくやっていけるのかもしれないし」
「あら、私のメリットは何か知ってるの?」
「えっと・・・」玲二は間を置いて
「言わないことにしておこう。その方が気を使わなくていい」
「わかった・・ふふっ、私も言いたくないもの。そばにいるだけでいいわ」
美和は海峡を航海する赤いコンテナ船を見て、乾杯の仕草をした。
玲二はそんな美和を見て「あっ、それ絵になる」と心で思った。
作品名:‘50sブルース ララバイは私が歌ってあげる 作家名:海野ごはん