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海野ごはん
海野ごはん
novelistID. 29750
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’50sブルース リーフデが吠えた浜

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玲子が海に向かって立っていた。足元には小さな波が規則的に打ち付けている。清治は心不安になりテラスから浜に出て、玲子のそばに歩み寄った。
「おはよう、どうしたの?」できるだけ普通に清治は声をかけた。
「あっ、おはようございます」普段の玲子だったから清治は安心した。
「何か見えるの?」
「イルカかな?」
「えっ、イルカ?」こんなとこでも見えるんだと思って清治も沖に目を凝らした。
夏の太陽がキラキラ輝く水平線、穏やかな海上、どこにもそんな様子は見えなかった。
「見えないよ。ここでは時々見れるの?」
「見えるよホーデンが言ってた」
ホーデン・・彼女の夫だった海に沈んだ男だ。清治は病気が出たのかと玲子の顔を見た。
いつもの涼しそうな目をした玲子だった。大丈夫そうだ。
「へえ、僕も見つけてみたいな。玲ちゃんも見たことあるの?」
「ない。だから探しに来てるの。一度でいいから見てみたいの」
この海は一応、暖流が流れている海域だ。海だからイルカがどこに出没してもおかしくない。だけど、こんな海でイルカが見えるのかと清治は疑った。きっとホーデンの夢だったんだろうと思った。
「玲ちゃん、コーヒー飲む?今日はバニラのフレーバーがあるんだ」
「いらない」
なんだかぶっきらぼうの玲子に清治は不安を覚えた。
精神的病の人には外傷が見えないから、わかりづらい。
まあ、だれでも心に一つや二つ、病的な障害はもってるものだ自分だってそうだし。
「ここは暑いから、ほらうちのテラスにおいでよ。日陰もあるからさ」
「そうね、暑いわね。ねえ、アイスコーヒー作ってくれる?」
初めて玲子が清治に頼み事をした。今までになかったことだ。
「いいよ、お安いご用さ」
清治はリーフデの首紐を持つと先に歩き出し、手招きした。砂浜には二人の足跡とリーフデの足あとが並んで清治の家まで仲良く続いた。


その夜、町内おばさんの集団が帰ると雨が降ってきた。
真っ暗な浜に波の音だけが響く。そういえば年中、この波音に囲まれていることに清治は気がついた。雨の日も晴れの日も、朝も昼も夜も。波音は意識すれば聞こえるし、意識しなければ聞こえないものだと気がついた。不思議なものだ。意識しないものには頭は注意を払わないものらしい。そういえばと妻を思い出した。全然意識してなかったな。だから、消えていったんだろうなと思い、清治はそのことで一人笑った。
突然、
「清ちゃん」と声がした。玲子の声だった。
「わっ!驚いた!どうしたのこんな時間」
「コーヒー飲ませて」
「いいけど・・・。お店で飲む?このテラスで飲む?」
「ここがいい。波の音が聞こえるもん」
「じゃ、入れてくるからリーフデは濡れないとこに繋いどきな」
清治はこんな時間に玲子が来るなんて、また病気でも出たんじゃないかと心配した。
テラスを気にしながら清治はコーヒーを入れた。
「はい。マグカップでいいだろ」
清治はチューリップデザインのマグで玲子に差し出した。
「あら、かわいい。オランダね」
「そう、この前ネットで手に入れた。玲ちゃんが気に入るかと思って」
「あら、気を使わなくてもいいのに」
「だよな、なんだかずっと気にしてるよな」
「どうして?」
シズエさんから見張っててくれないかと言われたことは黙っておいた。代わりに
「玲ちゃんが可愛いからさ」と清治は照れて言った。
「あら、まあ・・・うれしいわ。冗談でも」
「どしたの今日は?」
「雨の音聞いてたら、寂しくなってさ。ここあたりで話し相手は清ちゃんしかいないもん。田舎だからお店もないしね」
「お酒は飲むの?」清治は聞いてしまった後でしまったと思った。
「少しだけね」
意外だった。
「へえ、そうなんだ。今度美味しい居酒屋に行こうか」
「うん、連れてって」
またその答えも意外だと清治は思った。
しばらく二人で波の音を聞いた。
リーフデは相変わらずおとなしく自分の前足を顎の下枕にして闇先を見ていた。
「玲ちゃんはこれから何がしたい?」
沈黙が長く続いたのでとりあえず清治は質問してみた。
「さあ、何がしたいのかしら?自分でもわからないわ」
「そういえばそうだな僕も、何をしたらいいんだろう?難しい質問しちゃったね」
「目的に向かって走れる人っていいよね」
「まあね」
「私の目的はなんだろう?清ちゃんは?」
「う~ん、とりあえずこの店を続けていくことかな」
「そうだよね、生活かかってるからね」
また、沈黙が続いた。波は聞こえていた。
「帰るね。急に立ち寄ってごめんね。また来ていい?」
玲子が立ち上がりながら言った。
「ああ、喜んで。僕も一人じゃ寂しいから」
「寂しいの?」
「ああ、まあそうだね」
「そう・・・がんばって!」
そう言うと、リーフデを雨が降る中抱えて玲子は小走りに帰っていった。
しんとなったテラスは玲子が飲んだマグカップと自分のマグカップが行儀よく並んでいた。そして波は清治の耳に聞こえたり聞こえなかったり・・・した。