’50sブルース リーフデが吠えた浜
カラオケリクエストが止まって急に店内が静かになった時シズエさんが喋り始める。
「清ちゃん、最近、玲子さんと仲がいいそうじゃない?」
「はぁ~、だってシズエさんが見張っててくれといったから、あれからしばらく気が気じゃなかったんですよ。今みたいにテラスでコーヒーでも飲んでくれたら安心じゃないですか」
「じゃ、私は愛のキューピットだったのかしらね。そういや、そんな歌あったね、清ちゃん、それ歌うから入れてよ」シズエの会話に店内は盛り上がるが、清治はやっぱり皆そういうふうに取るんだな・・とここは田舎の町なんだと妙に納得した。
玲子は日が経つに連れ、自分から話しかけるようになってきた。
歳もそう変わらないから、話は清治と合った。
「玲子さん、今度、ここを離れて山の方でもドライブしましょうか?」
途端、玲子は顔を曇らせ押し黙り、何も言わず自宅へ戻ってしまった。
清治は玲子の緊張具合でまだ精神的に完治してないんだな、まずかったかなと思った。
それにしても、ここから離れてドライブするだけでも嫌だなんて・・。
梅雨の長い雨が明けて、砂浜には夏の太陽が戻ってきた。
ジリジリ暑い日差しが浜辺いっぱいに広がる。さして有名でもなく普通の浜には誰もいない。日曜日に子供や孫を連れた地元の人が数人遊ぶくらいの静かな浜だった。
清治は海を見ながら考えた。玲子の夫のオランダ人は何故ここで入水自殺を図ったのか?
疑問が持ち上がると誰かに聞きたくなるが、また余計な知識を入れて気を使う自分がいるのは嫌だと清治は思った。がしかし、日毎、その疑問が大きくなってきた。
清治はシズエさんが一人の時、聞いてみることにした。
「あの~、ちょっと聞いてもいいですか玲子さんのこと」
「あら、清ちゃん、だんだん気になってきたのね」
「いや、まあ、それとは別に・・。あの玲子さんの夫オランダ人の方、なんで自殺したんですか?」
シズエは一瞬、固まったが清治の真剣な顔を見て教えてあげることにした。
「ホーデンさんね。あの人いい人で人気者だったけどアル中だったのよ。それにDVってのかね、玲子ちゃんいつも泣かされてたけど不思議だね。それでも結構愛していたからね」
DVを受ける女性は倒錯した愛に溺れるということを清治は聞いたことがある。
「いつだったかな、そう丁度今頃だったかな。玲子ちゃん家で大きな怒鳴り声が聞こえたんでみんなで心配になって駆けつけたのよ。そしたら、玲子ちゃん血だらけでさ、男たちが酔ったホーデンさんを取り押さえ警察に通報しようとしたのよ。そしたら玲子ちゃん、それでもかばって止めてと言うもんだから、警察には通報せず玲子ちゃんだけを避難させたんだわ。そしたらさ・・・」
シズエはそれ以上思い出したくないんだろう、涙を浮かべて下を向いてしまった。
清治もそれ以上聞こうとしなかった。だいたい分かる。
遠い外国に来て、閉鎖的な田舎の浜辺でひとり暮らした男の心情はどうだったんだろうか?清治は自分の今とダブらせた。
これからどうする?
ここにずっと住むのか?
ここで余生を全部捧げるのか?
海は綺麗だし人情は悪くない。だけど・・・。何かが足りない気がした。
彼はホーデンは玲子の愛情だけでは満足しなかったんだろうなと考えた。愛があれば生きていけるなんて、どっかのCMじゃないが、それだけじゃこの毎日の退屈な暮らしを快適に過ごせるなんて夢話だとわかる。
愛しているけど、この場所を抜けれないと思ったら、ここは天国でなく看守がいない刑務所と同じかもしれない。多分、玲子が生まれ育った町。だから玲子は他に行きたくないだろうし、ホーデンは愛しているから彼女のそばを離れられない・・・葛藤。ホーデンが酒に逃げたことは清治でも理解できた。
人は生きてくために何が必要なんだろうか?
清治は元妻の事を思った。子供を育て終えたら遊び放題、家にも帰らない。彼女の生き方が刹那であるが正解かもしれない。孤独を抱えてもそれ以上の楽しみを得る。
あれもこれもいっぺんに欲しがってはいけない 。出来はしない。
一番欲しい物を手に入れる為には、何かを捨てなければならない。妻の場合は自由が一番欲しかったのだろう。それで家庭を捨てた。
自分は・・・清治はそこで自分の思考が止まったことに気づいた。
自分は・・・自分は・・・。
作品名:’50sブルース リーフデが吠えた浜 作家名:海野ごはん