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海野ごはん
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novelistID. 29750
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’50sブルース リーフデが吠えた浜

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店をオープンして2ヶ月ほど経った6月、入江の浜を犬とともに散歩する女性を見かけた。
毎日、ほぼ同じ時間に彼女が散歩するのに気がついた。
年齢は清治より若い50歳だが、地味な姿と暗い雰囲気なので、最初、清治は自分より年上かと思っていた。
いつも来る常連のシズエさんに聞くと、2年前に夫がこの浜で入水自殺したのをきっかけにしばらく病院に入院していたそうだ。自律何とかという病気だったらしい。そして、最近帰ってきたらしい。
「なんだか、可哀想よね玲子ちゃん。旦那とはDVもあったけど仲が良かったものね」
彼女の名前は玲子というらしい。そして歳は50だと初めて清治は知った。
小さな町だから、誰が誰とどうしたとか、誰それとはどういう関係だとかサロンと化した店内ではいつも噂が絶えず、年配の男女の格好の茶菓子になっていた。
「清治さん、よかったら彼女を見かけた時、見張っててくれない」
「えっ、見張る?」
「そう、後追い自殺するのじゃないかとみんなで心配してんだよ。前も一度あってさ、町内大騒ぎだったんだから」
「でも、よく彼女ここにいますね。つらいだろうに」清治は言った。
「忘れられないのさ、結局。よっぽど旦那を愛してたんだろうね。私とは大違いだけどさ」
シズエの冗談にみんな相槌を打ちながら笑う。店内は玲子の暗さと正反対だ。
夫の自殺・・理由を聞きたかったけど、週刊誌みたいなことになるから清治はやめた。

玲子は30分ほど浜辺を愛犬とともに歩いては、沖を見つめて静かに立っていた。
後追い自殺のこととか聞いたものだから、清治は気が気でなかった。
海に向かった部屋の窓からいつでも見えるようにカーテンは開け放しにした。
しかし同じ時間に来る玲子にいつも気を使う自分が馬鹿らしくなって、監視役をやめた。それでも犬が吠えるととっさに窓際に走ってしまう自分が阿呆らしくなった。
清治は思い切って、玲子に声をかけた。
「よかったら、うちでコーヒーでも飲みませんか。最近、テラスも作ったからそこからでも海が見えますよ」
玲子は知らない男性に声をかけられ驚いた顔をしていた。
清治はシズエさんから良くしてやってくれないかと頼まれたことを告げると、玲子はお礼のお辞儀をしてようやく、一言喋った。
「ありがとうございます。それじゃせっかくだから頂いてもいいかしら」
清治は綺麗な声だと思った。自分よりも若いんだとやっとその時気がついた。

ここに移り住んだ時から清治はあちこちと自分で手を加えていた。このテラスもお客のためというよりは自分のために作りこんだものだ。何しろ時間はある。女房に気を使うこともないから、すべて自分の時間だ。
玲子は愛犬をテラスの柱に結わえると、清治が指さしたテーブルに座った。テーブルはどうやらアウトドア店で買ったようなものだ。おしゃれで海の潮風にも耐えれるようであった。
「そのワンちゃん、おとなしいですね。犬の名前は詳しくないんだけどなんて言うんですか?」
「コーイケル・ホンディエ」
「はっ?」
「オランダ犬だから名前が難しんです。コーイケル・ホンディエ」
「コーイケ・・ル・・ですか、こりゃ難しい。呼び名は?」
「リーフデ・・」
「はっ?その名前も難しいですね」清治は笑った。
「リーフデ。短いから大丈夫よ覚えれるわ。オランダ語で愛という意味なの」
「リーフデーか。なるほど。でも何故オランダ語?」
「夫がオランダ人だったの」
清治はシズエさんの話を思い出したが、それは初耳だった。外国人の夫か・・。
あまり詮索するのも清治自身嫌だから、話題を変えた。
「このコーヒー美味しいでしょ?」
「ええ、フレーバーコーヒーなのね」
「そう、ナッツのフレーバー。これお気に入りなんですよ」
「どこで売ってるの。ここ辺りじゃ見かけないですよね」
「ええ、ネットで」
「そういえば、この店も以前はなかったですよね」
「はい、2ヶ月前に引っ越してきました。ここに永住です」
「まあ・・。なにもこんな田舎の町に」
「そうですよね・・いや、失礼。皆さん、そう言われます」と清治は笑いながら言った。
それから玲子はあまり喋らず、海の方を向いていたので清治は「ご自由に」と言って家の中に入って行くことにした。わりとまともな人じゃないか・・と清治は思った。
オープン前の店内掃除を終えて、清治はテラスを覗いて見るともう玲子は帰ったようだった。だけども心配ですぐ浜辺の方に目をやり彼女を探した。
ふぅ~余計なことを聞かなければよかった・・。

それから玲子を見かけると必ず清治はテラスに呼んだ。玲子も徐々に打ち解けてきたのか笑い声も会話も弾むようになった。