通り過ぎた人々 探偵奇談5
ばっと目が開き、瑞は自室のベッドの上で覚醒する。夢だ…。身体がベッドに沈むような疲労が残っている。鮮明な夢だった。いま、すぐそばにまだ伊吹がいるような錯覚が残っているほどに。手首に痛みまで感じる。
(なんだろう…)
運命の選択を迫られていた。とんでもない夢だ。ここのところ、不思議な夢を幾度も見ている。自身の心の揺らぎや伊吹との距離を計りかねている苦悩が、夢に現れているのだろうか。
(それとも、全部本当のことなのか?)
自分は知らない「いつか」のことを、追体験しているような感覚だった。
「瑞?」
扉がノックされ、祖父が入ってきた。あたりは明るく、壁の時計を見ると七時を過ぎていた。寝坊だ。
「起きてこないから。どうした、しんどいのか?」
「…なんか、だるいんだ」
「疲れがでたんだろう。熱もあるようだし」
祖父の手が額に置かれる。冷たくて心地よかった。そうか、熱があるのか。どうりで身体が言うことをきかないわけだ。
「越してきて、気を張っていたからな」
「そうなのかな…自分では、意識してなかったけど…」
「意識する間もなかったんだろう。慣れない環境に、心も疲れている。今日はゆっくり休むといい」
「そうする…ありがとう…」
「診療所の生田先生を呼んでくるよ。寝てるんだぞ」
村はずれの診療所の老医師は、瑞も小さいころから世話になっている町医者である。祖父が行ってしまい、一人になった。
朝練、行けないな。ぼんやりする頭で思った。窓から風が入ってきて涼しい。夏がもうすぐ終わっていくのだ。
作品名:通り過ぎた人々 探偵奇談5 作家名:ひなた眞白