通り過ぎた人々 探偵奇談5
「先輩…この上には、なにがあるんですか…?」
ひた、と伊吹が歩みを止めた。ぴんと空気が凍り付く。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと、感覚で瑞は理解する。
「ぜんぶのおわり」
ぞっとするくらい冷たい声だった。まるで温度のない人形から発せられたような。
「ほら、行こう」
「待って、待って待って!あの子泣いてる、戻ってこいって言ってるんだ!」
声はまだ聞こえてくる。戻ってきて、と繰り返して。それは胸を突かれるような、本当に悲壮な声なのだ。無視なんてできない。
「あれは俺だよ」
こちらを振り返らず、伊吹は言った。
「戻ってきてなんて、口が裂けても言っちゃいけないのに。ばかなやつだろ」
苛立った声だった。ままならないことに腹を立て、もどかしさを感じているような。
「これが俺のお役目なんだ。何千年も前から決まってたんだ。いま、その約束を果たす」
来い、と腕を引かれる。でも瑞は知っている。伊吹もこの上に行くことを恐れているのだと。どうすればいいのだろう。役目を果たすという伊吹と、戻ってこいと懇願する幼い伊吹。どちらへ向かうべきなのだろう。わからない。
何を迷うことがあるんだ、と自分の中の誰かが言う。
おまえの運命は、もう決まっているはずだろう、と。
作品名:通り過ぎた人々 探偵奇談5 作家名:ひなた眞白