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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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通り過ぎた人々 探偵奇談5

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虚無へ通く道



戻ってきて。瑞。行っちゃだめだよ。

誰かが呼んでいる。ゆっくり目を開けると、霧に包まれた白い世界に立っていた。ここはどこだろう。霧が深くて何も見えない。瑞は声のする方を探す。

戻ってきて。お願いだから。この上へ行ってはだめだ。

子ども…?泣きそうな声が、下のほうから響いてくる。瑞は、石段の上に立っているようだった。硬い石の感触、苔むした緑が見える。厚い霧に覆われ、階段の上も下も見えない。どこまで続いているのかも、どこから来たのかもわからない。声は、階段の下から再び呼ぶ。

戻ってきて。このまま行ってしまったら、もう二度と会えないんだよ。

泣いている…。行ってやらなくちゃと、瑞は思う。泣いているじゃないか。かわいそうに。しかし。

「戻るな」

聞き覚えのある声がすぐそばで聞こえる。階段のひとつ上に、伊吹が立っている。瑞の手首を強く掴んで、戻るなと繰り返す。険しい顔をしていた。

「…先輩?なに…」
「戻るな」

戻ってきて。お願い、行かないで。離れたくない。忘れたくない。

子どもの声は一層悲壮に瑞を呼ぶ。それに呼応して、瑞の手首を掴む伊吹の力が強くなっていく。

「伊吹先輩、」
「戻るな」
「でも、呼んでる。泣いてるみたいだ…」
「おまえは俺と、この上に行くんだ」

手首をやや強引に引かれ、瑞は石段を上る。伊吹は前を向いたまま振り返らないが、その強引さから必死な様子が見て取れた。どうしてそんなに焦っているのだろう…。瑞にはわからない。

「先輩、下で子どもが泣いてるんだ」
「おまえは俺と、この上に行くんだ。約束しただろ?」

この上?約束?

「おまえが望んだんだろ?」

振り返らないまま、伊吹が静かに言った。冷たい霧が身体を包み、瑞は震える。

俺が?何を望んだって?