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ひなた眞白
ひなた眞白
novelistID. 49014
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通り過ぎた人々 探偵奇談5

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暗い廊下に出る。夏なのに冷房が必要ないくらいに涼しかった。家じゅうの開け放たれた窓から、山の風が吹き抜けていくのだろう。心地いい。言われた通り廊下を進んだ伊吹は、トトト、と小さな音を聞いて振り返る。

茶色の毛並みの猫がいる。伊吹を追い抜いて立ち止まると、こちらを見上げてナァと鳴いた。

「おまえ、ここんちの猫か?」

猫は、意味ありげに伊吹を見上げている。視線が外れなかった。何を見ているんだろう、となんだか突然不安になった。伊吹ではなく、伊吹の背後の見えない何かを見ているような。

猫はフイとそっぽを向くと、歩き出す。また止まって伊吹を見る。こっちへおいでよと、まるでそう言っているようだ。ついていくことにする。猫は細く開け放たれたドアの隙間に、するんと入っていった。そっとノブを押して入ると、板張りの洋間のようだった。

伊吹の部屋だろう。もう馴染んだイチジクの香水の匂いがする。開け放たれた窓から風が吹いてカーテンを揺らしていた。空はもう藍色で、部屋の中は家具のシルエットがかろうじて見える明るさしか残っていない。

(猫…は、いないか。窓から出たのかな)

勉強机とベッドらしき影。本棚。猫の気配はなく、伊吹は立ち去ろうと背を向ける。ひとの家で、勝手にうろうろして探索するのは憚られた。

「…?」

気配を感じて振り返る。
ベッドに誰か座っている。それを意識し、伊吹は息が止まりそうになった。黒いシルエット。さっきまで、そんなものはいなかったはずだ。影はじっと動かない。表情も服装もわからない。一瞬で全身の毛穴が開いたような感覚。伊吹は息を止めて物言わぬそれと対峙する。


「……え?」


何か、影が声を発した気がする。聞き取れない小さなそれは、吐息のように静かで、一瞬で闇に溶けてしまった。そして伊吹がそれを意識したときには、影の気配はそこにはなく、伊吹は一人だった。


…おかえり。


吐息にも似た小さな囁きが、伊吹にはそう聞こえた。静寂の闇に秋の匂いを連れた風が吹いて、一人ぼっちの伊吹の横を通り過ぎていく。いまのは、何だったのか。

「先輩?」

半開きの扉が開いて光が差す。振り返ると瑞がいた。