通り過ぎた人々 探偵奇談5
ちゃぶ台に郁から渡された課題を広げ、瑞が唸っている。
「やっと夏休みの課題終わったのに、また課題…」
「二年は一年の倍あるぞ」
「俺、ついこのあいだ高校受験終わったとこなのにー」
伊吹らの高校は県内でも屈指の進学率を誇る。一年の頃からキャリア教育に重きが置かれるし、二年生の春には進学先や将来のビジョンを明確にし、そこに向かって動かなければならない。
プリントをめくっていく瑞を眺めながら、伊吹はぼんやりと考える。母から聞いたあの話を、瑞に伝えればどんな反応をするだろうか。
(怖くて言えない。決定打になる)
もうこれ以上、平穏な生活に波風をたてたくない。この後輩と、ありきたりな友人関係を築いていきたい。瑞に曾祖父のことを話せば、もう偶然だという思い込みを捨てなければいけなくなる。そうなったらもう、引き返せなくなりそうで恐ろしかった。
先日の事件で、もう溝は決定的に存在していることがわかってしまった。今ならまだ、戻せる。何もなかったことにして、瑞の気持ちも無視して、すべては偶然で、生まれ変わりなどおとぎ話だと笑えばいいのだ。
(でも)
そうやって本心を隠して関わっていく中で、平穏無事な関係を続けていく中で、自分はいつもこの焦燥や引っかかりをごまかしながら笑わなければならないのだ。瑞も。ぎこちなさを残して。そう思うと、まだ覚悟が足りていない自分を自覚する。その迷いに、母の話が拍車をかけていた。
「先輩、この職場体験の希望って、職種かけばいいの?」
「え?ああ、うん、確か。医者だとか大工だとか公務員とか…」
「コームイン~??将来のことなんてまだわかんないよ…」
肘をついて難しい顔をしている瑞も、たぶん蒸し返さず心に蓋をしているのだと思う。なるべく、あの夜の会話と一番遠いところでの「ごく普通の後輩」を演じているのだ。伊吹が望む関係性を。
あの時言い放った伊吹の心無い言葉を撤回したくとも、それはもう叶わない願いだった。瑞とてまだ高校生で、子どもなのだ。傷つきたくないし、ぶつかりたくないのは当然だと思う。そんなふうに瑞を追い詰めたのは自分で、こうして面と向かうのもつらかった。
「…お手洗い借りていいか?」
「ここ出て突き当りまがって左です」
作品名:通り過ぎた人々 探偵奇談5 作家名:ひなた眞白