通り過ぎた人々 探偵奇談5
一人の人間に会うために、何度も生まれ変わりを繰り返す…。そんな話を信じるほど子どもではなかったと、のちに曾祖父は母に言ったという。ただ、子ども相手に嘘をついている様子もなかったのだとも。
「会えると、いいですね」
それだけ言った功太郎に、男は頷いて見せた。しかしそののち、唸るような声をあげて泣き出したのだという。顔を覆う傷だらけの、痩せた手の隙間から、涙がとめどなくこぼれていくのを、功太郎はただ見つめていた。もしかしたら彼は、戦争で子どもを亡くしたのかもしれない。その傷が癒えていないのかもしれない…。そう思いながら。
***
「…それでどうなったの?」
「翌朝そのひと、布団の中で冷たくなってたって。名前も知らない流れ者だったけど、じいちゃんたちは手厚く葬ったって言ってたわ」
母は腕時計をはめながら続ける。
「伊吹の妊娠がわかったときには、もうじいちゃんは病院で死を待つ身だったの。会いにいったわたしに、男の子なら伊吹と名付けてほしいと言って、いまの話をしてくれた」
「どうしてだろう…」
「死期が近づいて、常人にはない感覚が繊細になったようだって、じいちゃん言ってた。お腹の子が男の子って聞いたら、突然大昔の記憶が蘇ったんだって。あの男のひとは、いまもまだ誰かを探して彷徨い続けているのかもしれない。あれは御縁があって巡り合ったのかもって。だったら次こそは出会えるように。生まれてくる子が、そうであってもそうでなくても、誰かに必要とされ、誰からも大切にされるように。命を運んで吹いてくる風の名前を、生まれてくる子に。そう言ってたわ」
伊吹は固まったまま動けない。
これは、偶然なのだろうか。
瑞はあのとき、確かに言ったのだ。
命を運んで吹いてくる風の名前、俺がつけた、と。
焼け野原の街で子どもの曾祖父が出会った男が、瑞だとでもいうのか?
転生を繰り返し、伊吹を探していると?
「あ、マズイ遅刻!じゃあ母さん先に出るからね!」
母がばたばたと出ていく。伊吹は立ち尽くし、いまの話をどうかみ砕いていいか思案する。
自分の名前が、繋がってはいけない何かに確実に伸びている。因縁めいたものが自分を絡めとって、知らない場所に連れて行こうとしている。行ってはいけない場所へ。
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作品名:通り過ぎた人々 探偵奇談5 作家名:ひなた眞白