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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅲ

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 日垣のあからさまな意図を感じた。美紗が担当したセッションで本来の仕事に集中していれば、手で記録した内容を議事録のフォーマットに作り替える作業など、さほど時間も手間も必要としない。出来上がりまでに不自然な挙動がないか、日垣はそれを確かめようとしているに違いない。しかも、美紗の監視を、さりげなく陸と海の二人の幹部に頼んでいる。

『身の潔白を主張するつもりなら、今後の行動にはせいぜい気を付けろ』

 地下通路に追い出された時に聞いた日垣のセリフが、頭の中にこだまする。美紗は、深呼吸するように大きく息をついた。胸の上に握りしめていた書類を机の上に置くと、午前中、片桐が揃えてくれた参考資料がないことに気が付いた。それが入った書類ケースごと、日垣に取り上げられてしまっていた。仕方なく、美紗は、佐伯と富澤の様子をちらりと見やりつつ、情報局のデータベースにアクセスしようとした。データを検索すれば、日垣に取られたものと同じ資料を閲覧することはできるはずだ。
 しかし、美紗のIDはログイン不可になっていた。数回試しても、やはり、はじかれる。原因はすぐに想像できた。第1部のすべての権限を握る日垣が、先に手を回して、美紗のIDを無効にしたのに違いなかった。
 美紗は、すばやくログイン画面を閉じると、セッション中に取った記録内容だけを見て議事録を作り始めた。片桐に持たされた参考資料の中身はだいたい覚えている。議事録作成にさほどの支障は感じない。それよりも、当該資料が手元にないという事実のほうが問題だった。誰かにそのことを指摘されたら、どうごまかせばいいのか……。

「鈴置さん、どうかした?」
 突然、富澤が右隣から声をかけてきた。
「いいえ! な、何で、ですか?」
 思わず声が上ずった。美紗は、富澤と視線を合わせないようにしながら、彼の様子を窺い見た。角ばった顔が、キーボードの上に置かれた美紗の手をじっと見ていた。
「いや、音が何か変な感じしたんだけど。悪い、気のせいだ」
 キーを叩く音がおかしいというのだろうか。美紗は十文字程度を打ってみた。左指がキーに触れるたびに、左腕にわずかに痺れるような感覚が走る。それを無意識に厭うせいか、左手の動きがかなり遅くなっていた。珍しく静かな「直轄ジマ」で、リズムの乱れたキータッチが、隣に座る富澤には妙に耳についたのだろうか。それとも、やはり彼の観察眼は相当鋭いのか。