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~そこまで~(番外編)

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 車は神戸大橋を渡り、ポートアイランドに着いた。神戸の中心から真南に浮かぶ人工島は港湾都市の象徴でもあり、さらにその沖には空港もあって神戸の貿易の要所となっている。
 離婚してアメリカに帰った日系二世の悠里の父も神戸にいた頃はここを拠点に日米間で貿易商をしていた。自身がまだ小さかった頃、何度か父の会社に来たことを思い出し、それを横にいる湊人に話すと彼は頷いて聞いていた。湊人の家庭が複雑なことは、悠里も知っているし、彼の父はこの世にいない。自分自身も円満な家庭で育った訳ではないが、ここでその話題を出すことは合わないと思って話は次第にフェードアウトした。
 
 悠里の案内で湊人は車を防波堤沿いのロータリーに止めると、悠里はそばの自販機で熱いお茶を2つ買って湊人に渡した。湊人が断る前に、「交通費やから」と先手を打つと笑ってそれを受け取った。
「倉泉はお茶好きなんだな?」
「そう。日本生まれ日本育ちだから」和ものについて質問されると答えはいつも決めている。剣道にしても、お茶にせよ、そしてあとに続ける。
「あたし自身正しくは日本人とちゃうから」

 悠里はペットボトルを抱いてうつむくと、そのまま真っ直ぐ防波堤の方まで歩き出した。目の前に煌々と照っている港の光、海を横切る遊覧船、さらに奥には市象や碇のネオンが山に映り、この街の個性を醸し出している。
「どう?この夜景、見上げた時の瞬間が好きなんよ!」
 くるっと振り返って両手を真横に広げ、後ろで立ったままの湊人を見た。元々神戸の出身でないことを知っている彼に、取って置きの場所を紹介したかった。悠里は得意気に笑って見せると、湊人の頬が自然と緩んだのを見て、それが自分で引き出した顔だと思った悠里は嬉しくなって眼鏡の縁に一度手を当てた。

   * * *

 並んで夜景を眺める。お互いに言葉を探して時間が過ぎた。言いたいことは色々ある、でもまとまらない。だけど悠里はそれでも構わないと思いつつ、港に向かってゆっくり進む船の光を目で追っていた。
「倉泉」
「なあに?」
 名前を呼ばれて悠里は右にいる湊人を見つめた。学校の音楽室で内緒でピアノを弾くそれと違い、今日の湊人は何か言いたそうだ。
「単直に聞くよ」湊人は一度長く目を閉じた「倉泉は付き合ってる人、いるの?」

 港を抜ける船が汽笛をあげた。二人は互いの目を見たまま時間を一瞬だけ飛び越え、止まり、一瞬遅れた元の時間が追い付いた。
「――おらへんよ」
 悠里はしっかりと目を開いたまま答えて、海の方へ向き直った。
「だって、自分がまだわかってへんもん。だから自分が許さない。それに、そんな気持ちじゃ相手に不安を与える」
 もう一度汽笛が鳴った。

 悠里は竹刀を構えただけで相手の自信の強さがおよそわかる。不安であれば剣は迷うし、自信があれば隙がない。目であったり、足であったり、人によって現れるところは違うから、悠里は総括して「感じる」と表現する。
 自分自身に対しても同じだ。毎日欠かさず素振りをしても、自分の中で迷っている時は竹刀にそれが乗り移る。
「何が要るのか、何が足らないのか、そして何が余計なのか――。とにかく今のあたしは修行が必要やねん」

 お互いに見つめあうと、同時に笑いだした。理由はわからなかった。でも、笑ったあと今まで漠然としてあった何かがなくなったような気がして、とにかく笑った。
「そういうところ大和魂っぽいよな、倉泉って」
 日本人以上に日本人であることを意識することは自負している。そして、自分は日本人であることも――。だけどこの考え方が今の自分だというのがもうすぐ18になる倉泉悠里の考えだった。そう言われたことで湊人のことを少し理解できそうな気がした。
「うん。あたしはお姉ちゃんに育てられ、お兄ちゃんに生きる道を教わった。クォーターだから出来ることがある、日本人として、アメリカ人として、ってね」
「きょうだい、仲がいいんだ?」
「うん――」濃い茶色の髪が揺れた。
 離れてすんでいても近くにいる存在であることを言おうとしたが、湊人にも似た境遇の姉がいることを思い出し、一言だけで話題を切った。
「あたしは守られているからこそ、今は修行の時なんだ。がむしゃらに、精一杯に――」

 湊人が次に口を開けようとしたところで携帯電話に着信が鳴った。着信元を見てしかめっ面し、画面を見る。悠里は表情を見て何も聞けず、湊人自身から話すのを待った。
「マスターが車使う用事ができたんだって」
残念そうな顔をする湊人に精一杯の笑顔で励ましてあげようと悠里は思った。
「いいよ、続きはまた今度でもさ」
手を後ろに組んで身体を回転しながら湊人の目を見た。湊人はだらりと携帯を提げ、肩で息を白い吐き出すと夜景に照らされて煌めいて消えた。しばらく時間が止まった――

作品名:~そこまで~(番外編) 作家名:八馬八朔